賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

田中彩子

「動」と「静」
「しぐさ」が生む表現力

田中彩子
ソプラノ歌手

 「しぐさ」は、とても不思議なものです。体の動かし方、例えば小さなまばたき一つでさえ、想像以上に大きな表現力を生むこともあると学んだのは、18歳で単身ウィーンへ渡って間もなくのことでした。
体格の立派な西欧の人々の動作は、豪快で、感情表現も、体全体で訴え、何よりその立ち居振る舞いは、常に堂々とした自信たっぷりのものでした。小柄で、もともと感情表現の苦手な私は、いつも彼、彼女らを見上げながら、どうしたら舞台上で、この人たちと同じような大きなしぐさで動けるのだろう、あんな風に堂々と振る舞えるのだろうと、音楽の勉強だけでなくいろんなお芝居を観に行ったり、街の人々を観察したりして日々考えたものでした。 しかし、とある公演のリハーサル中、「君は、どんな難しいことに出合っても、冷静沈着に対処できるからうらやましいね。日本人てそうだよね、地震が起きても、台風が来ても慌てず、どこ吹く風って感じ」と言われたのです。なるほど彼らは、日本人をそのように見ているのか。面白いな、と思うと同時に、自分は今まで西欧の「動」にばかり気を取られていたけれど、西欧の人たちは日本の「静」に憧れを持っているのだ、と初めて気が付いたのです。 「動」を求めたところでまねはまね、それではいつまでたっても本物にはなれない、だって私は日本人だもの、ここは私らしさで勝負しなければ意味がない。そう思い直し、遠い異国の地から日本を眺め統けて早18年、昨年、とうとう日本にいた年月より、ウィーンにいる年月の方が長くなりました。
「しぐさ」にあっては、例えば指先の動き一つを変えるだけでも、体全体のエネルギーのありようが大きく変化しますし、微妙な目の動かし方でさえ、声の音色に影響します。
ありがたいことに、最近、京都古来のさまざまな文化に触れさせていただく機会が増え、そのような中、ますます強く感じるのは、本当に魅力的で美しい立ち居振る舞いとは、その人の見せる表情、いえ究極的にはその人物の「生きざま」にかかっている、ということです。そこでは、「静」も「動」も本質的に同じ意味を持つのだとも思います。いわゆる「間」も、使い方によっては、魔法の効力を発揮しますが、日本は、それを最も上手に使いこなすことのできる国の一つでしょう。
「静」を制するものは「動」を制す。世界に発信する日本のイベントは、派手な欧米風ではなく、ぜひ「静」の力を見せていただきたい。それは、きっと日本にしかできない、深い文化に基づく絶対的な力だと思うのです。

◉たなか・あやこ
京都府生まれ。22歳でスイス・ベルン州立歌劇場にて日本人初、最年少での歌劇場デビュー。ウィーン・フォルクスオーパー歌劇場やロンドン・ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・コンツェルトハウスでの定期コンサート出演など、現在もヨーロッパを中心に活躍中。2019年、米誌ニューズウィーク「世界が尊敬する日本人100」に選出。ウィーン在住。

2019アルゼンチン初演賞受賞公演