賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

シルヴァン・
カルドネル

消滅する京町家、
街並み、トマソン、実在

シルヴァン・カルドネル
翻訳家/龍谷大学国際学部教授

私は人生の半分以上を京都で過ごしている。数年前、長年借りていた京町家を買い取って改修した。街並みを維持するために外観は建築当初のままの状態を再現し、内部は自分たちの生活にあった造りに変えた。融資してくれた金融機関は、ちょうど京町家保存のキャンペーンを実施しており、わが家は顧客第1号となった。改修された1923(大正12)年築の家でPR目的のポスターやビデオが作られた。市民に「外国人が京都の伝統建築保存に貢献している」というようなメッセージを投げ掛けるために。2年ほど前、京都新聞で翻訳・研究活動に関連付けて、赤瀬川原平(1937~2014)の「超芸術トマソン」(「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」)についての記事を書いた。文書はこう終わらせた。「『トマソン探し』は人の視点を鋭くさせ、より深い感性を育成する。人間らしい感性を磨くことに貢献できるに違いない。そして日本的な美意識への入門体験にもなる。こうなると観光客にもぜひお勧めしたい。おまけに古都の各所に観光客が散らばれば観光スポットの混雑を緩和するだろう」(19年2月15日)。
一時的にコロナ禍の影響で、観光客が減っている。海外からは0に近い。しかし国境が開けば以前の状況に戻るだろう。
私は国境が開くことを心待ちにしている! それは今の京都では「トマソン」が旬で膨大な量になっているからである。少子高齢化が進み、経済危機も手伝い、古都の破壊は本格的に進んでいる。あちらこちらで入居者がいなくなり取り壊された建物の陰から「トマソン」が大量に出現している。多量すぎて、観光客の「トマソン探し」が追いつかないだろう。空き地の数は猛スピードで増加し、新しいマンションやホテルが建てられている。空き地の数が増加する一方、保存地域はテーマパークのように幻想の世界と化す。観光客は、この「幻」に憧れるばかりである。
この種の「幻」を哲学者のジャン・ボードリヤール(1929~2007)は「シミュラークル」と呼び、見せかけ、模造品、実態を持たなくなったものとして定義する。記号(signe)とほぼ同じ意味だが、記号と違ってシミュラークルは原型がもう実在しないことである。コピーがオリジナルになり「本物」が「偽物」と化する。「美しいテーマパーク」を次世代に託すつもりなら、確実に古都の街並みも、京町家も、トマソンまでも、つまり実在までも消滅しつつあることを忘れてはいけない。

◉シルヴァン・カルドネル
1962年フランス生まれ。トゥールーズ・ル・ミライユ大にて博士号(哲学)取得。龍谷大国際学部教授。翻訳家。西田哲学および村上龍、沼正三、高橋源一郎、円城塔の小説をフランス語に翻訳。現在、赤瀬川原平が提言した「超芸術トマソン」を巡る研究に取り組んでいる。

超芸術トマソン(影タイプ)