次世代へ、美しい日本を
Beautiful Japan. To the next generation
- 2021元日 文化人メッセージ -
疫病に立ち向かう精神力、
地域の絆という文化による免疫力
韓 敏
国立民族学博物館教授
コロナ禍が長引く中、新しい年が幕を開けた。マスク、消毒液、ソーシャルディスタンス(社会的距離)が新しい生活様式となりつつ、世界中の人々がワクチンを待望している。
疫病の病理は、細菌学が成立した19世紀後半に明らかになり、一般の人々の常識になったのは最近のことである。それまで人々は、未知なる疫病にさらされる恐怖の中で、神秘的、宗教的なものに救いを求めた。予防・治療に関してもさまざまな工夫をし、祭り、薬草、食事療法、護符などを生み出してきた。日本の三大祭の一つ、世界文化遺産にも登録された祇園祭は、1100年前に京都をはじめ全国各地で流行した疫病の退散を願って生まれた祭礼である。
古代中国では、1840年までの記録に残る疫病だけでも826件あった。疫病を起こすのは見えない鬼神のせいだと考えられ、それを退治するための祭儀を行うようになった。最も古いものは、儺という鬼やらいの儀式である。儺は追儺ともいって、面を着けた踊り手が手に武器を持ち、四方の疫病神や悪鬼を追い払う様子を演じる。儺は、「宮廷儺」と「民間儺」に分けられる。周王朝の行政組織を記録した「周礼」の「夏官」によれば、当時の宮中に黄金四目の仮面をかぶり、玄衣、朱裳を着用し、手に矛と盾を持って悪疫を追い払うことをつかさどる役、方相氏が設けられた。民間では、悪疫を祓うための儺が次第に鬼やらいの仮面劇に発展し、今でも江西、貴州と広西の少数民族の間で盛んに行われている。
儺の他に、獅子舞も、病気などの厄払いの伝統芸能である。漢代に起源を持ち、イランから入ってきた仮面舞踊は、いまや縁起ものとして毎年正月や年中行事、祝い事などの際に中国各地で多く催される。
日本の獅子舞は固有のものと7世紀の渡来のものがあるが、除魔招福の手段として伝承されている。獅子舞の他に、虎舞や鹿踊りがあり、岩手県の三陸沿岸部を代表する郷土芸能「虎舞」はその一つである。
東日本大震災から10年目にあたる今年、改めて祇園祭、獅子舞、虎舞に秘められたパワーを感じるべき時かもしれない。これらの息の長い伝統芸能は、疫病や震災に対する個々人と地域の予防意識を喚起し、より幸せな明日への祈りを形にしてくれそうな気がする。コロナ禍の時代を生き抜くには、人は、ワクチンによる予防接種だけではなく、それと同じくらい重要なもの—疫病に立ち向かう精神力、地域のみんなで予防する絆という文化による免疫の力が必要である。
◉かん・びん
1960年中国瀋陽市生まれ。吉林大外国語学部卒。東京大大学院総合文化研究科にて博士学位取得(93年)。東洋英和女学院大を経て、現職。記憶、文化と歴史の資源化に関心を持つ。編著書に「家族・民族・国家―東アジアの人類学的アプローチ」「大地の民に学ぶ 激動する故郷、中国」「大地は生きている-中国風水の思想と実践」など。