賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

大江又三郎

自然や超自然的なものに触れる
触媒としての役割

大江又三郎
能楽観世流シテ方

能の家に生まれ、初舞台から70有余年。この道一筋にやってきました。祖父である五世又三郎竹雪が、1908(明治41)年に創建した大江能楽堂の維持運営は私に託された責任であり、誇りでもあります。先の大戦や経済的な困窮を乗り越えてこられたのは、多くの方々のご支援やいろいろな幸運に恵まれたこともあると思います。そして、何より、京都という地にあったからだとしみじみ感じています。しかし、戦中戦後の混乱期にも絶えず続けてきた定期能も世界的大流行となったコロナウイルス感染症のために中止せざるを得なくなりました。私たち能楽師にとっても青天の霹靂ともいうべき事態でした。緊急事態宣言解除後、舞台活動も再開されましたが、観客数の制限など多くの課題が残されました。
さて、この前代未聞の事態の中、さまざまなことを考えることもできました。元来、能は神に捧げ、人々の安寧と幸福を祈る芸能として日本人の生活に深く関わってきました。能楽大成当初は時の為政者である足利義満らの庇護を受け、今日ある芸能として楽しむことができるカタチになりました。今では神・男・女・狂・鬼の五番に分けられ演じられる能ですが、その別格として演じられるのは「翁」です。「能にして能にあらず」といわれる翁は、国土安穏・五穀豊穣を祈る儀式でもあるのです。これまでに、宮島・厳島神社や京都観世会館、そして大江能楽堂で幾度も舞台を務めてきました。それぞれの時・場所で雰囲気は違いますが凛とした空気感が漂い、自身も清々しく身の引き締まる思いがいたします。そして、翁の冒頭「とうとうたらりたらりら~」と謡い出すと不思議と無の境地になれるのです。
翁をはじめ能の演目は「草木国土悉皆成仏」の精神を軸にしてあります。現在・過去にあった人々はもとより、草木や虫に至るまでさまざまなものに命を吹き込みます。そして、戦乱や災害、疫病に見舞われても神仏にすがることしかできなかった時代に人々は祈りや願いを込めたのでしょう。未曽有の疫病災害に直面している今だからこそ一度立ち止まり、日本人の心を再構築する時ではないでしょうか。私たち能楽師が能を演じることで現代に生きる人々が自然や超自然的なものに触れる触媒的な役割を果たすことができるのではないかと考えています。

◉おおえ・またさぶろう
1944年京都市生まれ。7歳で初舞台を踏む。同志社大文学部美学芸術学科卒業後、二十五世観世宗家に入門、内弟子修行の後、京都を中心に演能活動を再開。能楽の発展および青少年への普及活動を精力的に行う。能楽協会京都支部長、京都観世会副会長、日本能楽会会員(重要無形文化財総合指定)、2013年京都市芸術振興賞、20年京都市芸術文化協会賞を受賞。 

撮影=上杉 遥