■講演
意志の力で善追求を
中西進氏(国文学者)

次世代へ、美しい日本をを考える京都新聞のキャンペーン「日本人の忘れもの」知恵会議の記念交流会が10月7日、京都市内のホテルで開催され、新元号「令和」の考案者とされる国文学者、中西進氏が講演した。中西氏は日本文化を約700年ごとに「古代・中世・現代」と捉え、武家政権が誕生するまでの古代で日本人の伝統的感情が育まれ、黒船来航までの中世で知性が開花し、現代は意志を強固にかたちづくる時代とした。そして、「令和」の「令」には「善」の含意があるとし、現代は個人に内在する意志をもって、善を追求していく時代であると説いた。

下から読めば「やまとしうるわし」

新元号「令和」は基本的に、和の精神に満ちた麗しい大和の国を意味していると私は理解しています。かつて明治維新を迎え改元が決定したとき、批判精神旺盛な江戸っ子たちは「上からは明治だなどと言うけれど、治明(おさまるめい)と下からは読む」とからかい半分に狂歌を読んだものでした。
同様に令和を下から読むとすれば「やまとしうるわし」となるのではないでしょうか。はるか昔、遠国を次々と平定し終えたヤマトタケルノミコトが、ふるさとを目前にして息絶えた際の詩「やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山ごもれる やまとしうるわし」に私は思いが至ります。懐かしい大和の国をたたえる望郷の念が情感豊かに伝わってきます。新元号の好感度が非常に高いのは、「令和」の響きからさまざまな連想がかきたてられるからでしょう。
「令」の字を中国最古の辞典『説文解字(せつもんかいじ)』で引くと、まず「善」という解釈が出てきます。「善」を単純に分解すると「美しい言葉」の意になります。善は儒教の大典『論語』にも頻繁に登場することからも、中国は論理性に富む言語に美を見いだしていたと言えます。つまり「美しい言語」を善と考え、最高の美徳としたのです。
日本では古来、大和言葉の表現方法からも分かるように、伝統的に論理性よりも愛情に価値を置いてきました。その点、全知全能神の愛を説く西洋発祥のキリスト教思想と通じ合うものがあります。仏教に目を向けると、愛の苦しみから逃れるために、いかに愛を捨てられるかが出発点でしたが、釈尊は入滅前に「晴朗」といわれる境地に達し、愛欲を持つ人間も含め全てを愛する教えを説くようになりました。
私は、小泉純一郎氏が首相だった当時、外来語を日本語に置き換える委員会で仕事をしたことがあります。そこで最後まで日本語にしにくかった英語は「publicity」や「identity」でした。これらの単語が持つ概念が日本には存在しなかったからです。中国語の「令」も、当時の日本に該当する観念がなく、抜きんでた意味を持つ言葉だったのでしょう。結果、音読みの「レイ」だけが一般的に広まり、訓読みは解釈がかなり広くなる「よし」ぐらいしか当てられませんでした。中国と日本との価値観の違いがよく現れていると言えます。
次に、漢和辞典で「令」を引くと、「善」のほかに「律する」あるいは「使(しむ)」と出てきて、人に何かをさせたり、強いたりする意味があることが分かります。新元号が令和と発表された際、「命令」を感じさせるから良くないとの指摘があったように思いますが、本来「命令」自体に悪い意味はありません。一部の不適切な命令が良からぬ印象を与えているだけではないでしょうか。
「冷」の字と同義になるとの批判的意見もありますが、「艶」を加えて使われる中国伝来の言葉「冷艶」は、つやを発して美しいさまを表し、室町時代の高僧、心敬は「氷ばかり艶なるはなし」と冷たい氷の比類なき麗しさをたたえました。
「令」の用法で一つ、『論語』に登場する「巧言令色」は巧みな言い回しと良い人を装うことで、感心しない例とされます。ただ、文体を徹底的に工夫し飾ることで生き生きとした文章をつづった天才作家、太宰治は「われは巧言令色を欲する」と良い意味で語っていることも付け加えておきましょう。

令和の日本人とは

時代ごとに目指すべき「価値目標」

善に関わることをもう少し掘り下げてみます。日本人の倫理行動の中で、いったい何が善とされてきたのでしょうか。平安時代に完成した『続日本紀』には天皇の詔を意味する「宣命」が記載されており、倫理意識として必要なものとして、「清・明・直」の三つが挙げられています。
「清」は心が清らかであること、「明」は知性が伴っていること、「直」は真っすぐな意志があることを示します。つまり情において清、知において明、意志において直であるとされ、これはギリシャで人間の修養において重要とされる「知情意」と見事に一致します。いにしえよりわが国も素晴らしい知見を培ってきたのであり、感銘を受けずにはいられません。
この「知情意」が歴史の中を巡ってきた流れについて私は、大きく700年ほどの期間ごとに「古代・中世・現代」に分けて考えます。古代とは、仁徳天皇の治世の5世紀ごろから、鎌倉幕府が成立し武士による政治支配が始まる12世紀までを指します。中世は、武士政権が長く続き、明治維新を迎えるきっかけとなった黒船来航までの19世紀です。
古代は、平安時代を中心に、現在の京都にも連綿と引き継がれるさまざまな文化が花開きました。日本人が共通して心の底に持っている美意識に基づく感情が育まれた時代です。
中世は、江戸時代を中心に知性の力が飛躍的に発展します。関孝和をはじめ盛んに研究された和算は世界一級の水準でした。外科医の華岡青洲が始めた開腹手術も世界初の快挙であり、天文学分野での緯度計算などは世界トップクラスを走っていたといわれます。江戸時代は、政治的に安定した社会の中、日本が独力で知の世界を進化させ続けた時期でもありました。
アメリカのペリー総督が日本に現れ現代に入ります。西洋文化の流入が加速、「自分の意志を持ちなさい」「個性を大事にしなさい」と、日本社会では伝統的に必要とされなかった行動が強く求められるようになってきました。平安朝で情の文化が完成し、次代で知性が加わったとすると、現代で残るのは意志の力を鍛えることでしょうか。
それぞれの時代には目指すべき価値目標がありました。情の文化を昇華させた平安朝では美が追求された結果、数々の芸術が生まれ、知の時代では科学をはじめとして真実の探求が行われました。「真善美」という古代西洋から続く普遍的概念にのっとるとすれば、現代のわれわれが求めていくべきは必然的に善になります。
善といえば、京都大の哲学者、西田幾多郎に言及しないわけにはいきません。彼は生涯をかけて執筆した『善の研究』の中で、「個人的善に最も必要なる徳は強盛な意志である」と説きました。最高に価値あるものは善であるとし、そこには強い意志の力が不可欠と喝破した西田は誠に慧眼(けいがん)と言うべきでしょう。
もう一人、京都出身の経済学者、大塚久雄は「ある客観的な目的あるいは理想の実現を目指すには、自己の精神的ならびに肉体的エネルギーの全てを集中的に放出しようとする訓練された生活態度」が求められると主張しました。さらに彼は、放出される肉体や精神のエネルギーは、一時的・瞬間的なものではなく、常態として訓練されたものが必要と強調します。訓練とは禁欲あるいは自己抑制のことで、すなわちストイシズムによって自らを激励することが重要であり、そこに善を求める最高の状態があるのだと結論付けたのです。

冒頭に申し上げたように、「令」とは「善」です。新しい時代を迎えた今、私たち現代に生きる一人一人が進めていくべきは善の追求であり、令和はまさにそれを希求していく時代であると言ってもいいでしょう。そして、そのために必要なことは何か。それは未来の日本人の在り方を真剣に考える「意志の力」、それこそが今こそ問われているのです。