■基調提言
京都は日本の多様な文化を つなぎ磨き高める文化首都たれ
大原謙一郎氏(公益財団法人大原美術館 名誉理事長)/ 伊藤京子氏(細見美術館主任学芸員)
大原◉終戦間もない1950年代、国際社会から日本に注がれるまなざしがまだ冷たかったころ、重要文化財クラスの日本の絵画や彫刻などを紹介する「古美術展覧会」が米欧の主要都市で巡回開催され、日本文化の奥深さは世界から驚嘆の目で迎えられました。同時に、中心的な所蔵元である京都も一躍注目されました。文化は万能ではないが、国境を越えて人々の心に訴える力を間違いなく持っている。このことを京都は再認識したのです。
日本は島国国家でありながら、流氷漂う北の海から起伏に富む山岳地帯や黒潮踊る南の島など、津々浦々に多様な文化が根付いています。日本を代表する版画家棟方志功の作品群は雪国津軽の風景と一体ですし、幕末の豪傑坂本龍馬の考え方には黒潮の躍動感がみなぎります。その中で千年以上の都の歴史を持つ京都は、多彩なエネルギーに満ちた地方から常に一目置かれる求心力を保ち、日本中から支えられ続けることにより文化首都の地位を保ってきました。
現代日本の重要課題である地方創生は、地元密着の文化を守り育てていく過程であり、中央からお仕着せの政策を実現することではないと理解します。京都は全国各地の範となる一つのセンターとして、個性あふれる地方文化をつなぎ、磨き、高めていくよう全国の地方のために働く役割を担っています。
人文系学部の規模縮小を要請する文部科学省通達がなされたとメディアが一斉に伝えた2015年、大学関係機関と並んで真っ向から異議を唱えたのは、科学技術の先端を走る企業経営者も多い日本経済団体連合会(経団連)でした。経済発展と企業経営にも文化的要素は欠かせないという証左でしょう。
京都は率先して、文化・芸術の研究や発展に大きな役割を果たす人文学の復権を目指して闘わなければならず、それには人材育成などの制度設計も必要です。京都はこれからも日本の各地の多様な文化を守り育てるために闘う文化首都であり続けていただきたいと考えます。
伊藤◉細見美術館では、2016年2月から約2カ月間、西川祐信や鈴木春信などの作品を集めた春画展を開催、各方面から高い関心が寄せられ、期間中は、年間入館人数を上回る8万人の来館がありました。現在は光琳没後300年、雪佳生誕150年を記念し、江戸初期の本阿弥光悦、俵屋宗達から近代の神坂雪佳までの京琳派を紹介する琳派展を開催中で、こちらも人気を博しています。
私は大学の教壇に立ったとき、学生に美術館にはどのぐらいの頻度で訪問するかを尋ねました。結果は、2割ぐらいの学生が、ほとんど行かず、行っても1年に1回か2回という回答が多数でした。質問した場は芸術系大学でしたから、「せっかく京都にいるのに」と驚き、少なからず落胆した覚えがあります。
また、6月から9月まで開催した伊藤若冲展では、当館の所蔵品や若冲縁のお寺から作品を拝借し、水墨画中心の展覧会を行ったところ、若冲独特のカラフルな絵が少なくて面白くないという声が届きました。美術館にとって、自己のイメージと違う=つまらない、一過性のブームに終わってしまうのは悩ましいものです。より多くの方に本物を見る喜びを知ってもらい、恒常的に来館促進につながる工夫が美術館運営には求められていると痛感しました。
文化庁が京都移転を決めたことにより、京都はより注目されるでしょう。同時に、現状にあぐらをかいているのではないかなど、今後はより厳しい目で見られることも多くなるのではないでしょうか。各都道府県もさまざまな試みをされています。神社・仏閣、美術館等に恵まれている京都に暮らす人たちは現状に甘んじず、伝統文化があらゆる面にちりばめられた京都を見つめ直し、広く発信していく姿勢が大事です。