■基調提言
京都のグローバル化に新たな局面 経済と社会活性化で近未来像構築
村山裕三氏(同志社ビジネススクール教授) / 堀木エリ子氏(和紙作家)
京都の「文化資本」への投資による「ガラパゴス的文化」のグローバル化を
村山◉京都が世界でもユニークな「ものづくり都市」として発展してきたのは、「文化資本」が蓄積されてきたからだと思います。京都では長年にわたり、デザインや意匠、素材や生産技術、そして精神性や美意識などへの投資が行われてきました。京都の創生は文化資本への新たな投資なくしては成し得ないでしょう。
京都は、伝統の文化や技を独自の論理で極めてきました。これにより、きわめてユニークな「ガラパゴス的文化」が醸成され、今これが世界から注目を集めています。京都の課題は、この「ガラパゴス的文化」をグローバル化させる方法です。京都ではイタリアのヴェネチアのように、観光客であふれかえって、地元の人々の生活までが犠牲になるグローバル化は歓迎されないでしょう。しかし、グローバル化の波は避けて通れません。
そこで注目したいのが、京都の「文化資本」に投資をする人々の流入です。京都の文化に興味を持つ国内外の人々が、新たな視点で京都の「文化資本」に投資すれば、これは、100年後の京都の歴史や文化になるでしょう。不動産などへの投資も考えられるし、海外のクリエーターが京都に長期滞在し、伝統産業の中で新たな創作活動を行うような投資も価値が高いでしょう。
私は同志社ビジネススクール「伝統産業グローバル革新塾」(以下、革新塾)で10年間、伝統産業分野の人材育成に取り組んできましたが、この経験から、地域の文化ビジネスの活性化は、それを担う職人や経営者が力をつけることに加えて、これからは、「文化資本」に投資する人々をいかに引きつけるかにかかっていると感じています。京都の「文化資本」への投資をうながすインフラや環境の整備を私は提言します。
京都の精神性や美意識「日本独自の美学」を伝える
堀木◉私は銀行から転職し、商品開発の会社で経理事務をしているとき、手すき和紙と出合いました。好奇心から越前和紙の工房に同行し、真冬に黙々と紙をすく職人さんたちの姿を見て衝撃を受けました。同社が手すき和紙で作った祝儀袋は話題になりましたが、機械生産の類似品が出てきて会社は閉鎖。そこで伝統産業の衰退に問題意識を持って起業したのですが、知識もお金もない私を駆り立てたのは、職人さんたちの尊い営みを失いたくないという、心の底から湧き上がるパッションでした。
中国から伝来した製紙技術は日本で進化を遂げ、2014年に日本の手すき和紙技術はユネスコの無形文化遺産に登録されました。「白い紙は神に通じ、不浄なものを浄化する」という精神性が、より白く不純物のない和紙の追求につながり、祝儀袋のように白い紙で丁寧に包む、日本独自の文化を生み出しました。ものづくりの根底にあるのは、精神性や美意識であり、日本の若者に最も伝えていくべきことは、日本独自の美学だと私は感じています。
手すきの良さは質感や強度にありますが、身の回りに本物がたくさんあった昔と違い、見ただけでは機械すきと区別がつきにくいのも事実です。手すきの良さを伝えるために私たちはマスコミなどの取材を積極的に受け、工程も公開しています。現代では、和紙というモノの背景にある精神性は語ることでしか伝わらないし、自然と人間との関わりから生まれる日本のものづくりの本質は、工程をみてもらうことで理解してもらえます。
私たちのものづくりは、ほとんどがお客さまの要望から始まります。破れない和紙、燃えない和紙、巨大な和紙、立体的な和紙などの開発が、未来につながると信じています。
■ディスカッション
髙橋英一◉新しいことに挑戦するとき戒めているのは、瓢亭という垣根を両足で飛び越えず、片足は残しておくことです。瓢亭らしさがなくなっては意味がありませんから。
西村明美◉素晴らしい京都のものづくりをより多くの人に親しんでもらえるためには、京都伝統産業ふれあい館(京都市左京区)のような施設の構造や空間を工夫するなど、発信力をより強化することが必要だと思います。
河島伸子◉文化資本への投資は京都にいる私たち自身が行うことも大切でしょう。文化庁が京都に移転してくる今後、地元の文化支援もそれに恥じないようなものにする必要があります。
齋藤茂◉横展開の成功事例として、料理界では「和」ブームとは一線を画す質の高い日本料理と外国籍料理の融合が進んでいます。他業種でも同様の可能性は探れるはずです。
杭迫柏樹◉どんなに素晴らしいものを作っても、それを使う人がいなければ価値は生まれず、作り手も育ちません。両者をつないでくれる人材の育成が急務だと感じます。
森小夜子◉最近、和装の外国人をよく見掛けます。 「和」の要素を取り入れたオリンピックのユニホームを京都から発信すれば、海外の着物需要を掘り起こす契機になりませんか。
時田アリソン◉日本の伝統音楽である雅楽や三味線音楽、琵琶楽を聴ける場所はごくわずかです。生き残りのためのコラボレーションを考える段階に来ていると考えます。
村山明◉私が木工に、研ぐ必要のない最近の刃物を使わないのは、使い心地を求めるからです。効率を重視する社会の変化に人間自体が付いていっていないように感じます。
中山公平◉訪日客に人気の高い料亭では、大量キャンセルのリスク回避が課題です。海外で先行普及しているモバイル決済サービスは、京都を挙げての導入が急がれます。
丘眞奈美◉京都観光おもてなし大使として県外の中学校で講演をすると、生徒は目を輝かせて聞いてくれます。歴史・文化への関心が高まる早期に教育するのが効果的です。
川本八郎◉東京ドームをはじめ、ドーム施設のほとんどはスポーツを主目的としたものです。世界の文化や先端技術に触れられる大文化ドームを京都につくってはどうでしょうか。
所功◉伝統文化というと、主に高尚なものを想像しがちです。日常生活の中に溶け込んだ文化こそが日本文化、京文化を支えていることも、忘れてはならないと思います。
村山裕三◉革新塾では、職人自身が自分の仕事の本質をしっかりと伝えることができれば、伝統産業の価値をわかってもらえると指導しています。堀木さんのショールーム(予約制)は光の当て方を変えることで和紙がさまざまな陰影を見せ、感動します。若者や外国人にも分かりやすいプレゼンテーションですね。
堀木エリ子◉最近は外国からのお客さまも増えました。今は特に感動体験などの情報が広まるのが速いですね。私のショールームでは、インターネットでは分からない素材の本質に触れてもらい、見る人の想像力や要望を引き出すよう展示をしています。要望から新たな技術を開発できれば和紙の用途が広がりますから。海外の方と話すと、視点の違いや固定観念に気付かされることも少なくないんですよ。
村山裕三◉顧客と対話しながら、独創的な素材や商品を生み出し付加価値を高めていく堀木さんの手法は、かつて、公家や茶人の要望を実現しようと切磋琢磨した職人たちの姿とも重なります。コラボレーションでも確実に結果を出されていますが、極意を教えてください。
堀木エリ子◉どのような相手であっても、プロとして対等な立場での共同を心掛けています。意見が違っても頭から否定せず、できる前提で考えれば道は開けるものです。誰かが解決してくれるのを待っていても、物事は前に進みません。今にして思えば、全てのリスクは私が負うと覚悟したのがよかったのでしょう。
村山裕三◉日本独自の精神性や美意識を、若者や外国人にどう伝えていくのか、ものづくりの現場とマーケットをつなぐプロデューサー的な役割を果たす人材をどう育成していくのかといった課題については引き続き、皆さんと知恵を出し合っていきましょう。
堀木エリ子◉夢を実現したかったら人に語ることだと、私はいつも若い人に言っています。私の当面の夢は、オリンピックの聖火台を和紙でつくることです。前例のない創作を実現し、ものづくりの新たな魅力を発信することで伝統産業に関わろうと思う人が増えるなら、これほどうれしいことはありません。