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忘れものフォーラム

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京都の弱点 ~暮らしを文化から考える~

「京都の弱点 ~暮らしを文化から考える~」

■知恵会議

◉中川典子氏(銘木師/千本銘木商会常務取締役)
「酢屋」の屋号を持つ千本銘木商会は、幕末に坂本龍馬らをかくまった材木屋としても知られます。床の間の床柱や欄間、天井に用いられる木目の美しい木をあつらえるのが銘木屋で、幕末の頃から発展した世界で日本にしかない職種です。北山杉は京都府の木として愛されていますが、生活スタイルの変化により住宅から和室が姿を消すとともに、その生産量も激減しているのが現状です。
立命館大経営学部の学生と未来の床の間を考えた際、床の間を見たことのない学生が多く、収納スペースと思われていることに驚きました。市内には町家を活用した店舗も数多くありますが、床の間やどんな樹種が室内を彩っているかをゆっくりご覧になったことがあるでしょうか。大学のまち・京都には多くの学生が暮らしていますが、彼らに茶室や数寄屋、町家といった木造・伝統建築の良さ、木のある暮らしは十分に伝わっていません。京都が世界に誇れる木の文化を知る、木育の必要性を痛感しています。

◉小川勝章氏(作庭家/「植治」次期十二代)
自然を生み出しているように思われがちな作庭ですが、山を崩した土や、掘り起こした木や石を使ってしつらえるわけですから、実は作為的で不自然なものです。しかし自然への敬意や憧れを込めて生み出された庭園は、長い時間をかけて自然の一部になり、私たち人間より長く生き続けます。スピードが求められる現代において時間を要することは弱点ですが、この時間軸の長さこそが庭園の魅力でもあります。弱点も特色と捉えれば、強みに変えることができるのではないでしょうか。 桜の花びらが舞い散る景色を見て、誰かと花見をした日のことを思い出した経験はありませんか。景色はそれを見たときの出来事や感情とともに心の中にしまい込まれ、再びその景色を見たとき思い出となってよみがえります。京都には庭園が多いので、一度見たら次は別の庭園と思われるかもしれませんが、再訪してこそ気付くこともあります。街路樹や公園の樹木も含めて長い目で見守っていただけると幸いです。

◉鎌田浩毅氏(火山学者/京都大大学院 人間・環境学研究科教授)
京都大の定年を4年後に控え、小さな町家を手に入れました。近世フランスで文化・芸術の発展に寄与したのは、貴族が自宅で開いたサロンでした。彼らが芸術家や知識人を招いたように、私もいろいろな人に来ていただき楽しく語り合っています。木造の町家は一見きゃしゃな印象を受けますが、梁には丈夫な松材が使われ、床柱も見事です。薄暗い部屋は不思議と心が落ち着き、よく眠れることにも気付きました。坪庭を眺めていると思わず時間を忘れてしまいます。
1869(明治2)年の東京遷都以来、日本の経済や政治は東京が中心で、文科省の予算も多くが東京大にいきます。京都大は、東京大が手を付けていないニッチな分野の研究で成果を上げようとしています。世界に向けて勝つことは東京に任せ、京都は歴史や文化を深めて知的生産力を高めるべきです。欧米や中国がまねのできない「知価の高い仕事」を創出することが、グローバル化する世界の中で京都が、ひいては日本が生き残る方策だと考えます。

◉佐村知子氏(元京都府副知事/前内閣官房まち・ひと・しごと創生本部地方創生総括官補)
3年連続こそ逃しましたが、京都市が世界人気観光都市ランキングで2年連続1位になり、国際コンベンション都市としても上位にあるなど、「京都」ブランドは世界的にも抜群の知名度を誇ります。文化芸術資源をはじめ、伝統・先端・コンテンツ産業、またお茶や京野菜、多様な地域性と、誰もがうらやむほど多くの地域資源を持っていますが、まだ、大きな持続可能な構想の下でそれらを結び付け生かし切れてはいないように思います。
京都府の合計特殊出生率は1・26で、全都道府県で下から2番目です。人口の1割を学生が占める京都市では、大学進学期に多くの若者が転入しますが、一方で就職や結婚・出産を機に転出する人も多く、定住につながっていません。もったいないことです。堀場製作所創業者の故堀場雅夫氏がかつて、「世界を相手にするなら東京も京都も同じ」と話されていたのが印象に残っています。今年は大政奉還から150年。東京に対抗意識を持つのではなく、京都は文化の力で世界に発信し、日本の各地をリードしていくべきでしょう。


「京都の弱点 ~暮らしを文化から考える~」

■パネルディスカッション
「京都の弱点 ~暮らしを文化から考える~」

自らの強みをきちんと自覚することが第一歩
中川典子氏(銘木師/千本銘木商会常務取締役)

感性を駆使し数値を超えた趣、風情を生み出す
小川勝章氏(作庭家/「植治」次期十二代)

長い尺度で考えると物事の本質が見えてくる
鎌田浩毅氏(火山学者/京都大大学院 人間・環境学研究科教授)

日本各地の特色のある文化を京都でコーディネートする
佐村知子氏(元京都府副知事/前内閣官房まち・ひと・しごと創生本部地方創生総括官補)

―強みが多いのが弱点だというご指摘もありました。弱点を強みに変えるために大切なことは何だと思われますか。
中川◉都が置かれていた京都には日本中の銘木が集まり、屋久杉を最も多く使っていたのも京都だといわれています。樹齢千年以上の屋久杉は内部を溶かしてまで成長します。レンコンのような穴のある板の木目を生かしてお寺の蓮欄間に仕上げるなど、京都が得意とする「見立て」と「取り合わせ」で、頂いた木の命を最大限に生かしてきました。京都では当たり前のことですが、海外ではよく驚かれます。京都に暮らす私たち自身が、強みをきちんと自覚することが第一歩かもしれません。
小川◉日本庭園は床の間近くの上座から最も良く見えるように設計されていたものです。和室が減り椅子での生活が増えれば、庭園の見え方や見せ方も変わるでしょう。明治時代、琵琶湖疏水の完成は庭園に大きな影響を与えました。「植治」の屋号で知られる7代目小川治兵衞が作庭した無鄰菴(京都市左京区)は、流れる水と芝生を用いた明るく開放的な空間で、近代庭園の先駆けといわれています。時代やライフスタイルが変わっても、喜ぶ人の姿を思い描いてつくれば、折々における可能性は広がると考えています。

―地方創生に取り組むに当たって、行政は何年程度先の将来を見据えていますか。
佐村◉まち・ひと・しごと創生本部が内閣官房に設置されたのは2014年です。長期ビジョンでは、2008年に始まった人口減少に歯止めをかけ、50年後の2060年に1億人程度の人口を維持することを目標にしています。国も地方自治体も当面5年間の具体的な総合戦略を策定しました。私は京都に来るたび、ゆったりとした時間の流れに効率が全てではないと気付かされます。東京に帰るとまた慌ただしい生活に戻り、心のゆとりを忘れてしまうのですが、異なる時間の流れを知っている、持っていることはとても大切なことだと思うのです。
鎌田◉時の流れには、時計が刻む物理的時間と、人によって長さの感じ方が異なる心理的時間があるそうです。フランスの哲学者ベルクソンは、生き生きする心理的時間こそが人生をつくり、人を自由にすると唱えました。どんなに厳密な物理的時間を使って観測しても、地震や火山噴火の予知には限界があり、自然災害を完全に防ぐことはできません。骨董品に囲まれた生活を送るうち、いざというとき避難できるような身体感覚を取り戻すことも必要だと思うようになりました。

―日常生活の中で感覚の重要性を感じることはありますか。
小川◉私がこの仕事に携わり始めた高校生の頃は、現場の仕事は感覚が大事だと常に言われていました。今は事前にコンピューターで描いた図面通りにメジャーで測りながら施工するような現場もありますが、感覚は図面に収まりません。木も石も、自然物に同じ形状は一つとしてありません。人と自然双方の喜びをおもんぱかり、現場が一丸となって感性を駆使したとき、数値を超えた趣や風情となり、庭園の個性が生まれます。現場が生き生きしていないと、いい仕事はできません。
中川◉銘木は料理屋さんのまな板や、和菓子屋さんや日本酒の蔵元の道具などにも使われます。適材適所を可能にしているのが銘木師の五感です。目で見たり手で触ったりするのはもちろん、製材するときは聞き耳を立て、匂いを嗅ぐことで、どういう性質の木か「木味」を判断します。感覚は経験を積むことでしか身に付きません。暮らしの中で木製品を使う機会を増やし、樹種を知ること、産地に思いをはせていただければ、現代人に忘れられつつある自然観も取り戻せるはずです。

―最後に、京都の町で暮らす皆さんへのメッセージをお願いします。
佐村◉地域には個性があり、文化は地域創生の大きな力になります。人口減少社会の克服は、一つの地方自治体では解決できないので国と全国の自治体、そして住民の方々とが手を携えることが必要です。文化庁の京都移転を機に、日本各地の特色ある文化が京都でコーディネートされ、国内外に強力に発信されたり、文化を生かす先進的な取り組みで各地をリードすることで、全国の人たちから「文化庁が京都に来て良かった」と言われるようになることを期待しています。京都の皆さんが関心を持ち、一緒になって考え、取り組んでいくことが大事なことだと思っています。
鎌田◉地球科学者は千年、一万年という時間軸で世界を見ています。百年、千年というスケールでも良いので、長い尺度で考えると物事の本質が見えてきます。鴨長明の「方丈記」にも描かれたように、京都は戦乱や自然災害、火災の多い街です。そのたびに荒廃から復興を遂げ、発展してきたのは、町衆が「自分の身は自分で守る」ことを知っていたからにほかなりません。為政者任せにせず、自ら歴史と文化をしっかりと伝承してきたからこそ、今の京都があるのです。それを忘れず、本質を捉えた町衆文化をこれからも育んでいきたいと思います。

◎鎌田浩毅(かまた・ひろき
1955年、東京都生まれ。79年、東京大理学部卒。旧通産省(現経済産業省)入省。同地質調査所の研究員として火山と出合い、とりことなる。米国カスケード火山観測所客員研究員など経て97年から現職。理学博士。近著に『地学ノススメ』『地球の歴史』『知的生産な生き方』など。

◎佐村知子(さむら・ともこ)
長崎県出身。東京大法学部卒。1980年、旧郵政省入省。府副知事退任後は総務省大臣官房審議官、内閣府男女共同参画局長などを歴任。2015年1月には内閣官房まち・ひと・しごと創生本部で地方創生総括官補に就任、昨年6月に退職。現在、日本生命保険相互会社顧問。

◎小川勝章(おがわ・かつあき)
1973年、京都市生まれ。立命館大法学部卒。宝暦年間から続く造園業を継ぐ父の十一代小川治兵衞氏の下で高校時代から修業。新たな作庭に取り組みながら、歴代、特に7代の手掛けた数々の名庭で、作庭・修景・維持を行い、次代につなぐ取り組みを続けている。

◎中川典子(なかがわ・のりこ)
京都市生まれ。幕末に坂本龍馬をかくまった創業300年近くの材木商「酢屋」に生まれる。銘木加工技術の特長を生かし、町家の再生や床の間づくり、新しいモダン木の空間、家具・建具製作に従事し、木のある暮らしの豊かさを伝えている。「DO OU KYOTO?ネットワーク」大使。