思い描く、未来へ
drawing the future of tomorrow
- 2020元日 文化人メッセージ -
先人から受け継いだ
永遠の価値を持つ言葉
三好マリア
京都外国語大学
国際言語平和研究所嘱託研究員
京都は外国人がよく訪れる町だが、日本にたどり着く道は人それぞれだ。私は母国のベラルーシの大学で東洋学科に入り、日本語そのものに興味を持ち、専門に研究してきた。
日本に留学する前にしばらく日本語教師を務めていたが、生徒たちに「ほかの外国語とこんなに違う言語を本当に習得できるの?」とよく聞かれた。確かに、日本語は文法や語順がヨーロッパ諸言語と全く違うのだが、実は生徒たちが最も悩んでいたのはそれではない。言語は、その民族そのものであって文化でもある。「言語というのは人々の生産物であり、第一に彼らの価値観の鏡である。日本人の心を理解しない限り、いくら文法的に正しい文が作れるようになったとしても日本語を十分に習得できたとは言えない」とよく説明したものだ。
2年ほどロシアのサンクトペテルブルグ市にも住んでいたことがある。エルミタージュ美術館のあるロシア帝国時代の首都で、今は政治的首都のモスクワに対し、文化的首都だと言われている。まるで東京と京都のようだ。現地の人たちと交流して実感したのが、ペテル人は上品で洗練されたロシア語を話すということ。自分の町の文化を誇りに思い、言葉も文化の一面だとペテル人は考え、そして、自分たちの言葉、母語を豊かできれいなまま保ち続けるよう努力している姿があった。
「言語は努力」なのだ。立派な翻訳家になるには、まず立派な母語話者にならなければならない。それには、努力が必要だ。最近の若い人たちの言葉は、略語や外来語など流行語が多く取り入れられ、多様化して、確かに便利で「生きた」感じにはなっているが、落とし穴が潜んでいる。流行語というのは、あくまでも一時的なもので、ある単語や表現が世に出て、大量に生産され過ぎると、逆に「言葉のインフレ」という現象が起こり、その価値が一気に下がってしまう。一方、流行に左右されない、永遠の価値を持っている言葉というのがある。それは先人たちから受け継いだもので、彼らの知恵がぎっしりと詰まっている言葉だ。そして、それこそが立派な文化遺産である。
京都は日本の文化的首都である以上、「言語は民族、文化、そして努力だ」という観点から母語である日本語を見直し、それを忘れてはならない。建築物や芸術作品と同様に立派な文化遺産として未来につないでいってほしい。歌のように流れる民話の日本語はもちろん、美しく心を惹かれるような上品で洗練された夏目漱石の日本語、そして、あの面白おかしい『ちびまる子ちゃん』の日本語も…。
◉みよし・まりあ
ベラルーシ国立大国際関係学部東洋学科在学中、北海道大に1年留学。卒業後、在ベラルーシ日本国大使館、日本文化センター「葉隠れ」で勤務。大阪大大学院修士・博士課程を修了。大学院に在学する傍ら、翻訳の仕事に就き、8年間日露翻訳家として活動。現在、京都外国語大国際言語平和研究所の嘱託研究員を務める。2020年4月よりロシア語学科教員(予定)。