思い描く、未来へ
drawing the future of tomorrow
- 2020元日 文化人メッセージ -
誠実に向き合う先に
新しい景色が待っている
服部響子
声楽家
数カ月前、イタリアのある街でのコンサート。全曲イタリアオペラのプログラムの後、アンコールとして歌手が一曲ずつ披露することに。北イタリア・パルマ出身の歌手はパルマ方言の民謡を、南イタリア出身の歌手はナポリ民謡を、そして私は山田耕筰の「赤とんぼ」を歌うことに。つい先ほどまで、頭のいい女性が資産家の老人をいいようにあしらう、というコミカルなオペラの世界にいたが、「赤とんぼ」の前奏が始まった瞬間、懐かしさが湧き上がってきて、眼前に地元亀岡の田園風景が広がった。自分でも驚くくらいに。情緒ある前奏を弾いてくれたのは、ルーマニアで育ったハンガリー人のピアニスト。外国人音楽家として共にイタリアで頑張っている仲間の一人だ。彼女は全くこの曲を知らなかったが、私が伝えたかった雰囲気をすぐに理解してくれた。初めてこの曲を聴いたであろうイタリア人のお客さんたちの反応も良く、共演者たちも「赤とんぼ」を気に入ってくれた。純粋に嬉しく、「日本語の歌の魅力をもっと伝えたい」という気持ちになった。
イタリアにいると、自分が「外国人」としてオペラに取り組んでいることを自覚させられることが多い。母国語ではない言語で歌わなければならないこともその一つだ。イタリア人の歌手たちが、無意識に言葉の持つリズムに添って自然と奏でる姿から学ぶ。アクセントや発音のルールもきちんと体系的に学ばなければならない。おかげでどんな言語の歌も、言葉に対してより注意深く向き合えるようになった。
最近、「外側」の人間としての視点を持っていることが、強みにもなることをようやく実感できるようになってきた。それは、自分の「内側」にあるものも豊かにすることができる。むしろ、グローバル化の中では、内外を分けること自体がもはや意味がないのかもしれない。外側にいると思っていたら、いつの間にか内側にいるかもしれない。あるいはその逆もあり得るだろう。
音楽は私に知らない場所をたくさん見せてくれて、多くの人々と出会わせてくれた。新しい世界に入っていくときは、相手から受け入れてもらえなかったり、自分が相手を理解できなかったり、フラストレーションはつきものだ。見ないふりしてやりすごす方が楽だが、音楽にも人にも、そして自分自身にも誠実に向き合えば、大きな喜びがやってくる。これからの私たちは、未知のものを受け入れることも、未知の世界へ入っていくことも、より頻繁に経験するだろう。向き合うことは体力を必要とする。でもその向こうには新しい景色が待っていると信じている。
◉はっとり・きょうこ
亀岡市生まれ。京都市立音楽高校を経て、東京藝術大音楽学部声楽科卒業後、イタリアに留学し国立パルマ音楽院3年課程卒業、最高課程を「賞賛 特別賞」付き満点で修了。2011年、当時のパルマ音楽院日本人学生有志でKIZUNAを結成、北イタリア各地で東日本大震災復興支援コンサートを行う。現在もイタリアを拠点にソプラノ歌手として音楽活動を続ける。