賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

思い描く、未来へ

drawing the future of tomorrow

- 2020元日 文化人メッセージ -

中川敦子

人と出会い、触れ合い、感じる
実体験を大事に生きていく

中川敦子
絵本作家

携帯電話やSNSの普及で、遠く離れた人や会ったことがない人とも繋がることができるようになりました。発信したことが自分の知らないところまで広がっていき、世界中で簡単に情報を共有できるようになっています。昔、夢に描いていたような未来の風景が、今では当たり前のように存在し、前進しているようにみえますが、人間本来の力は後退してしまっているようにも感じます。2人の子どもを持つ母親としても、この先どうなっていくのだろうか? と不安になりますが、逆に捉えてみると、均一化された時代だからこそ、人間一人一人の力、個性がより際立ってくるのではないかとも思えます。
今まで意識しなかったようなことや目を向けなかったことが、今の子どもたちには新鮮に映るのではないでしょうか。メールではなく、実際に会って目と目を合わせて話すこと。インターネットの中の世界ではなく、「生」の世界に触れること。旅に出て感じる異国の空気、匂い、出会い。ライブで聴く生の音、生の声が、空気を震わせ身体中に響く感覚…。どれだけ鮮明な映像と迫力のある音響であっても、実体験で得る感動には、到底及びません。
私たちが絵本を作り始めた頃から、絵本もデジタル化されていくのではないか? という声がありましたが、ダウンロードして画面上で楽しむという動きは結局あまり広がりませんでした。一冊の本の中に込められている小さな世界の重さを手に感じながら扉を開き、ページをめくることで話が展開していくのが絵本なのです。そして大切にされた絵本は子どもへ、孫へと受け継がれていく。愛着を持てる存在であることが絵本の魅力なのだと思います。絵本は読み手によっても、大きくその作品が変化します。同じお話でも、おじさんが大きな声で愉快に読むのと、女性が静かにゆったり読むのとでは、受け取り方が全く違います。読み手が役者であり、演出家でもあるのです。一緒に笑ったり泣いたり、びっくりしたり、同じ時間を共有し、共感し合える。絵本は、赤ん坊からお年寄りまで、国籍も超えて老若男女が楽しめるコミュニケーションツールです。
SNS上の「いいね!」の数を気にするよりも、目と目を合わせて「いいね!」と笑い合えることの方が、人間の心を豊かにしてくれるはずです。これからの世界を生きていく子どもたち、そして自分たち大人も、安易に情報だけを取り入れて満足してしまうことなく、実際に体験し、色々な人と出会い、触れ合い、そこから感じることを大事にして生きていかなくてはいけないと思います。

◉なかがわ・あつこ
1978年京都市生まれ。夫の亀山達矢さんとユニット「tuperatupera(ツペラツペラ)」として活動。絵本のほか、イラストレーション、工作など幅広く手掛ける。『しろくまのパンツ』『パンダ銭湯』など著書多数。『わくせいキャベジ動物図鑑』で第23回日本絵本賞大賞。2019年、第1回やなせたかし文化賞大賞を受賞。京都造形芸術大こども芸術学科客員教授。