賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

思い描く、未来へ

drawing the future of tomorrow

- 2020元日 文化人メッセージ -

宇野常寛

いま必要なのは
「遅い」インターネット

宇野常寛
評論家

突然だが質問だ。フェイスブックやツイッターのタイムラインでニュースを目撃したとき、そのリアクションにどれだけ手間を掛けているだろうか。記事を精読し、同じニュースを扱う別の記事と比較検討しているだろうか。ニュースソースを検討し、背景知識をフォローしているだろうか。もちろん、すべての記事に対してこのような手順を踏んでいたら時間がいくらあっても足りない。しかし少なくともあなたがその記事に対して何らかのリアクションを取るのなら、最低限の手順は踏むべきだ。かつて「Web2・0」という言葉が流行語となっていた頃、インターネットは人間に発信能力を与えることで総体的には賢くする、と考えられていた。前世紀まで、人類は一部の専門家を除いて情報をただ受信するだけの存在だった。しかしこれから人間は情報を受信するだけでなく発信するようになることによってより深く、慎重に、多角的に吟味するようになるはずだ、と。しかし実際に起こったことはどうだろうか? 少なくとも今日のSNSにおいては、多くの人間が発信する能力を手に入れることによってより安易に、愚かになっている。多くの人はタイムラインに流れてきた情報の内容ではなく、潮目を読んで再発信している。これはみんなで石を投げている、批判してよい案件なのかそうではないのかをまず気にしている。そしてこれは叩いて良いことなのだと判断したとき、彼/彼女は自分も石を投げることで自分は「まとも」な側だと安心する。僕は思う。いまのインターネットは人間には「速すぎる」。技術の実現した情報の回転速度に、人間の知性が追いついていない。そのために、人間は発信することでより愚かになっている。世の中に一石を投じる快楽に溺れることで、より拙速に、考えなくなっている。そこで個人的にはいま、自分のメディアの読者と一緒にインターネットをより「遅く」使う運動を始めようとしている。具体的にはタイムラインの潮目から意図的に距離を置いたメディアを立ち上げることと、その速度に流されず自分のペースでしっかり発信するためのワークショップだ。手探りで始めた運動で、まったく先は見えないが確かな手応えも感じている。多くの読者が、インターネットの「速さ」から自分のペースを取り戻したいと思い始め、この運動に参加してくれている。いま必要なのはもっと「遅い」インターネットだ。それが僕の結論だ。

◉うの・つねひろ
1978年青森県生まれ。批評誌「PLANETS」編集長。著書に『リトル・ピープルの時代』『日本文化の論点』『母性のディストピア』、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』、猪子寿之との対談『人類を前に進めたい チームラボと境界のない世界』など多数。立教大社会学部兼任講師。