思い描く、未来へ
drawing the future of tomorrow
- 2020元日 文化人メッセージ -
開かれた社会への心のあり方を
内田由紀子
京都大学
こころの未来研究センター教授
私たちが過去から受け継ぎ、未来につなげていくものにはさまざまなものがありますが、「心」も過去に生きた人々から受け取り、未来に渡していくものです。とはいえ心は移り変わります。先日、母親と話をしていて、たった一世代の違いで男女の役割や子育てに関する意識が変わってきたことを実感しました。一方であまり変わらない心もあります。他者への愛情、感謝の心、あるいは幸せや悲しみの気持ちなどです。しかし、これらの感情でさえ、不変でも普遍でもありません。幸福の感じ方や愛情の表現は文化によって異なっていることが示されています。アメリカでは幸福はワクワクする感情として捉えられ、愛情は強くストレートに表現されるのに対し、日本での幸福は穏やかで平和であることを願い、愛情は控えめに表現されるものです。
現在、私はアメリカの大学に長期滞在しています。息子が通っている現地の小学校では先生が一人一人の長所をうまく引き出してくれます。また、生徒たちもお互いのことをみんなの前で褒めるということが日常的に行われていて、素敵だなと感じます。私が小学生の頃の日本では、テストで良い点数を取ったりしても、おおっぴらに言ってはいけない。しかしほかの子が悪いことをしていたらそれはみんなの前で注意するのがよい、そういう空気がありました。こうした「悪いところをみんなでなくそう」というような集団内のプレッシャーは今も根強く残っていると感じます。もちろん、日本の心性には良い面もあります。他者を気遣い、自分の行動や感情を制御するというのは、特に困難なことに直面したときには私たちを助けてくれるものです。これからの未来を担う子どもたちに伝えたいのは、自分や他者の良いところを認め、受け入れることの素晴らしさです。自分が今持っている価値観は、自分が今生きている社会の中で育まれてきたことであり、必ずしもそれだけに縛られ続けることはありません。自分と違う考えをもった人を仲間として認めるのは難しいことでもあるでしょう。しかしこれから先の日本の社会は、きっと今よりも「開かれた」ものに変わっていくと思います。そうした時に自分たちのルールに縛られ、そこから外れた人を排除するということでは、社会が疲弊してしまいます。日本的な心性はさまざまな物事を受け入れる柔軟性も持ち合わせています。今こそ明るい未来を照らす子どもたちが、世界に向けてその力を発揮してほしいと思います。
◉うちだ・ゆきこ
1975年兵庫県宝塚市生まれ。98年京都大教育学部卒業、2003年京都大大学院人間・環境学研究科博士課程修了。ミシガン大、スタンフォード大客員研究員等を経て、08年より京都大学こころの未来研究センター助教、11年准教授、19年より現職。専門は社会心理学・文化心理学。現在スタンフォード大行動科学先端研究センターフェローとして米国滞在中。