賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

思い描く、未来へ

drawing the future of tomorrow

- 2020元日 文化人メッセージ -

青木 淳

悠久に繰り返される時間の
大きな周期のなかの存在

青木 淳
建築家

2015年の夏、私は京都市美術館の再生のための設計者に選ばれました。80余年間にわたる、京都の方々をはじめ多くの人々の記憶がいっぱい詰まっている大事な美術館です。建築家にとっては、そんな建造物に手を入れるということほど怖いことはありません。その建築が語っていること、また語ろうとしているのにうまく言葉にできていないこと、それらに耳をよく傾け、聞き分け、望まれていることをなして、お返しする。失敗は許されません。押しつぶされそうになるくらいのプレッシャーでした。
この美術館を未来に向けて、どう再生したらいいか。それを考え始めると、心のなかの時間はどんどんと過去に遡っていきました。もともとは、京都の財界人・市民がお金を出し合って、昭和天皇即位のお祝いに建設された京都市美術館。明治時代には、第4回内国勧業博覧会が開かれて以来の祝祭空間でした。平安時代にまで遡れば、ここで白河上皇が国政を統べていました。時間の層がそんな具合に何重にも重なっているのが、京都という町です。再生とは、そこにもう一重、層を重ねることだと気づきました。
そうして、過去と未来との間で行き来していると、時間が感覚のなかで伸び縮みし始めました。揺れ動く時間のなかで、さて「いま」はどこにあるのだろう。そんな目眩から手に取ったのが、暦でした。
日本では古くから、季節を「二十四節気」、あるいは「七十二候」で区切って、「いま」を確かめました。元日の今日は、「冬至」であり「雪下出麦」と呼ばれてきました。雪しか見えないけれど、その下にはもうしっかりと麦の芽が出ているはず、と想うには、日常のせわしない時間とは別の時間を生きなければなりません。
考えてみれば、美術館とはそもそも、いつもと違う時間が流れる空間です。時に敏感になることの楽しさを教えてくれます。私たちが、悠久に繰り返される時間の、大きな周期のなかの存在であることに気づかせてくれます。
12月のプレイベント以降、美術館のライトアップが始まりました。そのデザインをしてくれたのはアーティストの髙橋匡太さんですが、彼もまた、同じことを感じとられたのでしょう。二十四節気を刻むライトアップを提案してくれました。
ようやく、通称を京都市京セラ美術館として、リニューアルオープンするところまでこぎ着けました。開館は3月21日の「春分の日」。今、皆さんの期待に応えられたのかどうか、その判定をドキドキしながら待っています。

◉あおき・じゅん
1956年神奈川県生まれ。東京大修士課程建築学修了。91年、青木淳建築計画事務所を設立。2005年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。東京藝術大建築科教授。代表作に「潟博物館」「青森県立美術館」など。京都市美術館(通称:京都市京セラ美術館)のグランドリニューアルの設計を手掛け、19年4月より同館館長に就任。