賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

未来へ受け継ぐ
〜次世代のメッセージ〜

inherit to the future

- 2019元日 文化人メッセージ -

吉田憲司

「異界」の存在を可視化した「仮面」
力への憧れ、期待は変わることはない

吉田憲司
国立民族学博物館 館長

大晦日や小正月の夜に、仮面をかぶった異装の神々が集落の家々を訪れ、人々を脅し祝詞を述べてまわる行事が、昨年の暮れ、「来訪神 仮面・仮装の神々」として、ユネスコの無形文化遺産に登録されることが決まった。対象となったのは、秋田県・男鹿のナマハゲ、岩手県・吉浜のスネカ、山形県・遊佐の小正月行事(アマハゲ)、宮城県・米川の水かぶり、石川県・能登のアマメハギ、佐賀県・見島のカセドリ、鹿児島県・甑島のトシドン、鹿児島県・薩摩硫黄島のメンドン、鹿児島県・悪石島のボゼ、沖縄県・宮古島のパーントゥの10件であるが、類似の行事は、全国各地にみられる。また、正月に「門付け」をしてまわる獅子舞や権現舞も同様の性格をもつものである。
柳田國男は、これら大晦日や小正月の夜にやってくる仮面の来訪者を「本来、われわれの年の神の姿であった」とした。また、折口信夫もこれらの行事において「村から遠い處に居る霊的な者が、春の初めに、村人の間にある予祝と教訓を垂れるために来るのだ」と言い、その来訪者を「まれびと」と呼んだ。
それぞれの行事を伝承している土地では、地域によって継承者が減少し、行事の存続自体が懸念されるところもあると聞く。一方で、現在、都市に住む大多数の人間にとって、祭りや儀礼の場で仮面にじかに触れることはまれであろう。多くの人にとって、仮面に最も身近に出会える場といえば、漫画やテレビのアニメの中かもしれない。しかし、ここで次のように問うこともできるだろう。仮面が私たちの生活世界から縁遠いものになってしまったとして、それならばなぜ、いまも漫画やアニメの中で、仮面のヒーローが次つぎに生み出されるのか、と。
世界を広く見渡して、地域と時代を問わず、仮面に共通した特性として、仮面が、いずれも人間の知識や力の及ばぬ領域、すなわち「異界」の存在を目に見える形にしたものだという点が挙げられる。季節の節目の祭りに登場する異形の仮面から、現代の月光仮面(月からの使者)やウルトラマン(M78星雲からやって来た人類の味方)にいたるまで、仮面は常に異界から一時的に来たり、人々に力を与えて去っていく存在を可視化するために用いられてきた。知識の増大とともに、人間の知の及ばぬ領域=異界は、山から月へ、そして宇宙へと、どんどん遠のいていく。しかし、その異界の力への憧れ、異界からの来訪者への人々の期待が変わることはなかったのである。

◉よしだ・けんじ
1955年、京都市生まれ。77年、京都大文学部哲学科卒、89年、大阪大大学院文学研究科博士課程修了。文化人類学者。国立民族学博物館助手、助教授、教授を経て、2017年から現職。専門は博物館人類学、アフリカ研究。博物館の新しい在り方を探求した「文化の『発見』」でサントリー学芸賞を受賞。近著に『仮面の世界をさぐる』など著書多数。