賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
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- 2019元日 文化人メッセージ -

仲田順和

「霊性的自覚」の基に
〝心の時代〟到来のための第一歩を

仲田順和
総本山醍醐寺座主

5月1日の天皇即位により、新しい元号の時代が始まります。この時にあたり、自分自身の価値判断の基準になっている「霊性的自覚」について再確認したく、一文をしたためました。
人間の理性的判断を分別と考えるならば、分別は欠くことのできない人間生活の営みです。この分別が、一人の神様の上での判断と、東洋を中心とする多神教・仏教的理念の上での分別とでは大きな差があります。東洋的、仏教の立場からなら、世界中にある知識の枠組みを超える可能性を秘めています。最近私は、9・11同時多発テロ事件以後の二人の仏人哲学者の発言に心を惹かれました。
レジス・ドブレ先生は、『神』と題する著書の中で「一神教を生んだ砂漠の民が、摩天楼に自分たちの記憶を思い起こさせた」と書き、神の起源について論ずる中で「なぜ米国が傲慢に振る舞うのかを解くカギは、神の存在にある。米国は物質的・合理主義の国のように思われているが、実は、神の祝福を受けて選ばれた特別な国であるという精神主義に支えられている」と著述され、この章の終言として、「二千年も前に発明された神が、なぜいま、われわれの間に居続けているのか。この問題を抜きにして世界は読み解けない」と、新たな思想体系の構築を模索する発言をしています。
もう一人のジャック・デリダ先生は、『けものと主権』と題してゼミを開かれ、現在を「新たな世界内戦の時代」と捉え、「オオカミ(戦争などの恐怖の象徴)は、足音を立てずに近づいてくる。このオオカミはテロリストのようにも見え、権力者にも見える」と呼び掛け、「動物と人間を区別するものは何か?人間の恐怖とは何か?などと根源に遡って考えなければならない問題は多い」と問題提起しています。
この二人の提言に世界中の学者たちが「西欧的な知識の合理性の行き詰まり」を強調する論文を発表しています。ここで強く感じるのは、音も立てずにひび割れていくような現実を前に、伝統的な知識の枠組みを再検討し、枠を乗り越えた新たな思想構築の模索が欧州社会に起きて、その広がりを見ることができることです。それは、人間観や宗教観の根源的な問い直しに他なりません。
これから私たち皆が、真の“心の時代”の到来と思えるような第一歩を踏み出すためにも“神から示し与えられた心”と認識する前に、神様と自分の心の間に“人が生きるために”という人間観を入れて、人々が共に生きるために心を運ぶ「霊性的自覚」の基に、心豊かな生活を送りましょう。

◉なかだ・じゅんな
1934年、東京都生まれ。大正大大学院にて仏教原典を中心に研究を進める。57年、品川寺に入山、出家。68年、品川寺住職となり、85年より総本山醍醐寺執行長となり、2010年、総本山醍醐寺座主三宝院門跡に就任。16年、真言宗長者を務める。医療法人洛和会理事、学校法人日本女子大、森村学園、真言宗洛南学園の評議員を務めている。