賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
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- 2019元日 文化人メッセージ -

澤田ふじ子

暮らしに息づく歴史と文化が
人々の心を惹き付ける京都の本質

澤田ふじ子
作家

「インバウンド」が流行語大賞にノミネートされたのは、2015年末のことだという。
流行語とはだいたい1年もすれば忘れられるものだが、それから3年余りを経ながらも、少なくとも京都では、いまだインバウンドの波が打ち寄せ続けていることは、少し外を歩けば一目瞭然だ。
統計によれば、2017年の京都市の宿泊者数は2015年の19%増、外国人宿泊者に限れば、300%増との驚異的な伸び率である。
実際、京都市はここ数年、観光客誘致に力を入れており、宿泊施設の盛んな誘致を実施。その甲斐あって、東京オリンピックが開かれる2020年には、市内ホテルの客室数は5万室余りに及ぶ計算だという。
確かに、千年の都の京都は古くから人々の憧れの観光地である。たとえば江戸時代、『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴は、生涯ただ一度の京坂旅行を、随筆『羈旅漫録』として記し、東西両本願寺の伽藍の偉容や宇治・黄檗山萬福寺の古雅な佇まいにひどく感嘆している。
ただそんな観光の町・京都の歴史を顧みても、これほど町全体に観光客があふれている時代は、かつてなかったのではあるまいか。
最近ではちょっとした空地ができれば、すぐに小さなホテルが建つ。民泊・簡易宿舎も多く、以前なら観光などとは無縁だった住宅地にも、観光客の姿が目立つ。
結果、市内の住宅価格は高騰し、若い世代はどんどん市外に流出中だと聞く。市民の足であるはずの市営交通は、大混雑で市民が乗車できず、観光地付近に住む市民は、近隣の道路渋滞から土日は外出を諦めるありさまだ。
そもそも京都がなぜ現在も人々の心を惹き付けるのか。
ただ古いものを見たければ、美術館・博物館へ行けばいい。それがわざわざ町を歩き、寺社を巡る理由は、京都の有する歴史や文化が、現在もなお続く人々の暮らしと不可分、暮らしの中に深く根付き、息づいていればこそだ。
しかし残念ながら現在の観光客急増は、そんな京都の歴史・文化を支える市民の生活を脅かしているとの逆転現象をもたらしている。このままでは京都の本質が空洞化し、この町はただの「歴史テーマパーク」になってしまわないだろうか。この町をどう支え続けていくべきかが、いま問われている。

◉さわだ・ふじこ
1946年、愛知県生まれ。愛知県立女子大(現・愛知県立大)卒。高校教師や西陣織工を経て、73年、作家デビュー。『陸奥甲冑記』『寂野』で第3回吉川英治文学新人賞を受賞。京都を舞台に活躍する主人公のシリーズや、京の市井の人々を描いた作品が人気を博す。著書に『公事宿事件書留帳』シリーズなど多数。