賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

未来へ受け継ぐ
〜次世代のメッセージ〜

inherit to the future

- 2019元日 文化人メッセージ -

佐伯順子

伝統文化を世界的視野で活性化し
人の心の豊かさにつなげる

佐伯順子
比較文化学者

明治維新、または戊辰戦争から150年が過ぎ、日本社会はさまざまな意味で新しい節目を迎えている。明治日本の「文明開化」のエネルギー、そして戦後の焼け跡からの目覚ましい復興は、紛れもなく先人の努力の賜物であり、世界を瞠目させた。昨秋、エジプトのカイロ大学で現地の学生さんと明治日本の近代化について議論した際、なぜ日本人はかくも不平等条約改正を望んだのかと質問され、あらためて、明治の人々の理想の高さと尽力の上に、今日の私たちの生活があることを痛感し、感謝した。
ただし、江戸から明治への変化はすべてがよしというわけではない。近代化の模範が「西洋」であったため、文化や生活様式の西洋化が推進され、日本の過去の歴史や文化はともすれば軽視された。武家の式楽(儀式用の芸能)であった能や、主として男性の社交を支えてきた茶の湯は、継承の危機に立たされ、〝古い日本〟の象徴として批判の的にさえなった。邦楽や邦舞は江戸時代の「遊芸」として周辺化され、近代の「藝術」教育においては西洋音楽が主流となった。
その後、国粋主義の台頭もあり伝統文化の再評価が起こり、新渡戸稲造『武士道』(1900年)、岡倉天心『茶の本』(1906年)のように、国際的視点から日本の精神的、文化的アイデンティティーの模索が行われたが、第2次大戦後のアメリカの影響は、日本社会の欧米志向を加速させた。
しかし現代では、教育に古典芸能を取り入れる動きもあり、明治期にいったん後退した日本文化への関心を次世代に伝える活動が活発化している。私自身、同志社大学京都と茶文化研究センター長として、行政や茶業関係者の方々と連携して、日本の伝統文化の代表的要素の一つである茶文化を活性化するためのシンポジウムや茶室デザインの国際コンペなどを行ってきた。
文化庁の京都移転、東京オリンピックを控え、「日本」というブランドをさらに高めるためにも、京都のみならず全国の茶の産地や城下町をはじめとする日本の茶文化の継承地と連携して、「日本茶を世界文化遺産に」の提案をしたい。日本に訪れる観光客は日本人よりも日本文化に関心が高い方々も多く、優雅なお点前を披露される海外ご出身の方や、日本の外で茶の湯文化を広める外国人の方もある。
「日本人の忘れもの」でありがちな伝統文化を、世界的視野で活性化することは、地球規模での人の心の豊かさにつながるはずである。

◉さえき・じゅんこ
1961年、東京生まれ。84年、学習院大文学部史学科卒。東京大大学院博士課程修了。国際日本文化研究センター客員助教授などを経て、現在、同志社大教授。専門は比較文化。文学はじめ、能、歌舞伎など伝統文化全般に通じ、自らも能管を演奏する。主な著書に『泉鏡花』『「女装と男装」の文化史』など。