賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

未来へ受け継ぐ
〜次世代のメッセージ〜

inherit to the future

- 2019元日 文化人メッセージ -

岸 和郎

見慣れているものの向こうに
世界と自分自身の現在を見る

岸 和郎
建築家

お正月を迎えると、いろいろ思うことがあります。建築設計の経験が海外、例えば中国でもいくつかありますが、いつも話に出てくるのは「春節」、すなわち旧暦の正月、2月の始めが仕事の切れ目だということです。ですから1月中にプロジェクトのプレゼンテーションを行い、その方向性を決めてから2月の春節、新年の休みに入ることになります。つまりは1月が中国の仕事で忙しくなると、日本の新年をお祝いしている時間がなくなるのです。
同じように「中秋節」には中国では月餅をいただきます。これは9月から10月ごろだったでしょうか。ちなみに私の経験では、韓国でもこの中秋節のお祝いは重要な休日になっています。
そんな経験から考えるのは、日本ではグレゴリオ歴、太陽暦を採用して新年をお祝いしていますが、アジアでは「春節」や「中秋節」が生活のリズム、季節の区切りとして残っていることであり、時にうらやましく思うこともあるのです。特に「中秋節」に秋の涼しさを感じながら夏の終わりを思い、夜空に満月を見上げながら月餅をいただくというのは、なかなか心に染みる時間だと思います。
考えてみれば、私が小学生の頃にはその「中秋節」のイベントは日本にもまだ残っていました。お月様には兎がいてお餅をついているという、あれですね。しかしいつの間にか心を踊らせるイベントはクリスマスにバレンタイン、最近はハロウィーンにイースターですから、暦が変わってきたという思いを強くします。私が子どもの頃は、中秋の名月とクリスマスは同じような思いで迎えていましたから、むしろ今よりも幸せだったのでしょうか。
暦もそうですが、世界地図もいつもいろいろな思いで見ています。日本で使う世界地図は真ん中に太平洋、右にアメリカ大陸、左がユーラシア大陸ですが、世界のほとんどの国のそれは中央にヨーロッパ、日本は右の端でアメリカ大陸が左です。この地図を見ると、大西洋は意外に小さな海でアメリカとヨーロッパが近いこと、日本や韓国が極東、そしてイラク辺りが中近東と呼ばれる理由、それに世界の人たちが日本をどんな国だと捉えているかがよく分かります。世界の右端隅にあるエキゾチックな島国、ですね。
暦や地図、そんないつも見慣れているものの向こうに世界が見えます。いや、それは逆に鏡に映った自分自身の姿なのかもしれません。お正月と聞くとそんなこと、自分自身の現在について考えてしまいます。

◉きし・わろう
1950年、横浜市生まれ。78年、京都大大学院修士課程建築学専攻修了。93年から2010年、京都工芸繊維大、10年~16年、京都大にて教鞭をとる。その間、カリフォルニア大バークレー校、マサチューセッツ工科大で客員教授を歴任。現在、京都造形芸術大教授を務める。京都工芸繊維大名誉教授。京都大名誉教授。日本建築家協会新人賞、日本建築学会賞など受賞多数。