未来へ受け継ぐ
〜次世代のメッセージ〜
inherit to the future
- 2019元日 文化人メッセージ -
生きる道は多様
文・武・芸の三道鼎立を
川勝平太
比較経済史家
昨年の話題をさらったのは、中学生で最多勝を記録し、16歳で最速100勝を達成した将棋の藤井聡太七段や18歳で世界選手権MVPに輝いた卓球の伊藤美誠選手、史上最年少で卓球グランドファイナルを制した15歳の張本智和選手、16歳でフィギュアスケート・グランプリファイナル初出場初優勝した紀平梨花選手ら若い世代の活躍でした。 学力は重要です。しかし、それ以外の分野で「生きる道」を見いだしている少年少女がいます。光っているのは磨きのかかった技芸です。技芸にかかわる科目は体育(スポーツ)、芸術・芸能、園芸、ものづくり、森づくり、水産などです。それらは、知性を高める座学に対して、技芸を磨く実学と呼ぶことができます。
子どもは10代前半で「生きる道」を選べます。昨年、アメリカ大リーグで新人王に輝いた野球の大谷翔平選手も、中学生時代に生きる道を野球と決めており、大学進学とは無縁です。
日本の教育は英・数・国・理・社の主要5科目を重視した6・3・3・4制です。東大や京大の入試科目に野球、将棋、卓球、フィギュアスケートなどはありません。
学力重視のいびつな象徴は「全国学力テスト」です。毎年60億円余の公費をかけて実施されていますが、結果の詳細は公表されません。一方、学問の府・大学への運営交付金は毎年減額され、「基礎研究費が少ないのは日本の恥だ」とノーベル賞の本庶佑氏が批判しています。文科省の学力重視は首尾一貫していません。けしからんのは、小中の学力テストにかける60億円が毎年、実施主体の民間業者(特定の教育産業企業)の手に渡っていること、また、大学に対しては助成金を左右する文科省役人が天下っていることです。
昔は文武両道が理想とされましたが、将棋、バレー、音楽、演劇などを含めれば、文・武・芸の三道鼎立が理想でしょう。文は学問、武はスポーツ、芸は芸術・芸能です。文武芸三道を一身で鼎立するのは至難です。大切なことは、勉強が得意でなくても学問を重んじ、体育が苦手でもスポーツを好み、無芸でも芸術を愛することです。
山に登る道が複数あるように、生きる道も多様です。社会全体で文武芸三道が鼎立するように子どもを教育し、それぞれの得意の道で徳を身につけさせるのがよいと思います。
「地域の子どもは地域社会で育てる」という京都の気風は、明治維新の際に町衆が主体的に学校を創設して以来、健在だと思います。地方の自立は教育の自立からです。東京から自立してください。
◉かわかつ・へいた
1948年、京都生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士課程修了。オックスフォード大学哲学博士。専門は比較経済史。曾祖父・光之助は初代府会議員として亀岡-園部間の鉄道敷設などに尽力した。国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学長などを経て、現在、静岡県知事を務める。『文明の海洋史観』『富国有徳論』など著書多数。