賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

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〜次世代のメッセージ〜

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- 2019元日 文化人メッセージ -

カール・ベッカー

「正直・倹約・勤勉」
日本人の価値観を思い出す

カール・ベッカー
宗教学者

私が来日した1970年代に、日本の知人がアメリカに渡った。あいにく金に困り、私の祖父に助けを求めた。「金を貸して大丈夫なのか」と聞く祖父に、「大丈夫!日本人だから」と迷わず答えられたくらい、当時の私は日本人を信頼していた。
明治維新後、日本の急速な経済発展を可能にしたのも、京都から石田梅岩の石門心学が全国に行き渡ったからといわれている。心学の三徳とは「正直・倹約・勤勉」で、その価値観を徹底したために、信用取引が広まり、貿易や金融、流通や産業が栄えたのである。
心学の「正直」は、嘘つきではないという意味だけではない。あらゆる物事を懇切丁寧に、精確にやりこなすことである。そうした日本人の丁寧さは、人間関係から物の始末に至るまで感じられた。丁重な挨拶や文章のやりとりは当たり前で、その「品格」と「質」へのこだわりに感心したものだった。しかし最近では、品格のないアメリカを追いかけているかのように、日本でも「金」と「量」の方に傾き、精確さが軽んじられているように思われる。
「倹約」という語彙を知らない学生が増えている。梅岩曰く「倹約とは、ケチケチすることではなく、世界のために、三つ要る物を二つにて済むことをいう」。現代社会が必要としている省エネ、低公害、資源の再利用なども、日本人こそが得意とする領域である。これは生き方の問題でもある。例えば、使わない部屋の電気を消す、エレベーターよりも階段を使うなど、世界に向けてその精神、手本を見せてほしい。
かつて、勤勉は日本企業の誇りであった。努力を惜しまぬ日本人の手で作られた物の品質は世界一であった。一昔前、ハワイの学校では、日系人がいつも一位を競い合い、京大に留学した時も、誰もが満点を目指していた。最近では、最低合格点が取れればよいと、楽を選ぶ学生が目立つ。自然資源に乏しい列島に住む日本人が勤勉を忘れては、衣食住を輸入する力も失うだろう。
外国人労働者を多く入れようとする政府は、200万人ものニートに支援策を講じていないばかりか、働きたい高齢者の意欲も十分に汲み取れていない。仕事の意味を金銭から精神に転換する勤勉に働く美徳は、学生やニートに如何に理解してもらえるだろうか。
「明けまして」と言う際に、梅岩の「先見の明」を忘れないでいよう。いくら京都でも、観光は諸刃の剣だ。世界が必要としている持続可能な商品やサービスを考えても、提供すべきものが見えてくる。除夜の鐘で煩悩執着を清め払う時、少しでも正直・倹約・勤勉な日本を思い出し頑張る決意をしよう。

◉カール・ベッカー
1951年、米国イリノイ州シカゴ生まれ。73年、ハワイ大東西哲学修士課程修了。74年、日本へ留学、京都大文学部大学院で日本宗教を研究。98年、京都大総合人間学部教授に就任。京都大こころの未来研究センター教授を経て、現在、京都大政策のための科学ユニット特任教授を務める。専門は、医療倫理、死生学、宗教倫理。『死の体験』などほか著書多数。