未来へ受け継ぐ
〜次世代のメッセージ〜
inherit to the future
- 2019元日 文化人メッセージ -
人のモノへの思いやこだわりが
文化を未来につなぐ
岩﨑奈緒子
京都大学総合博物館 館長
重要文化財「マリア十五玄義図」は、勤務先の博物館の一番の売れっ子だ。1930年、大阪の山村の民家の屋根裏で発見されたこの美しい絵画は、江戸時代初期のキリシタン美術の代表作とされる。毎年、展覧会への出品、写真の掲載などさまざまな引き合いがある。
この絵画を修理したのは2004年。掛軸装の姿をそのまま残してほしいとのオーダーは難しい応用問題だったようだが、納品時、修理技術者から、旧表装に修繕の跡がいくつも残っていて珍しい、と報告を受けた。
転勤族の家庭に生まれ、床の間のある家に住んだことのない私には、何のことやらさっぱりわからない。表情を見て察したのか、技術者は、掛軸は50年を目安に表装し直すこと、その時には、まず本紙(絵の描いてある部分のこと)を表装から切り離し、本紙の裏打ちを外し修繕した後、新しく表装することを丁寧に教えてくれた。
元の表装の上に、ふせをあてたり、大判の紙を重ね貼りした「マリア十五玄義図」は、このセオリーからは大きく逸脱している。江戸時代の厳しい弾圧下で、プロの表具師に直してもらうこともできず、慣れない手で何度も修繕した信者の姿が思い浮かんだ。
数年前、修理をテーマに「日本の表装」と題する展覧会を開催した。共催した京都文化博物館の森道彦さんと京都府文化財保護課の中野慎之さんからは、掛軸にされる対象はさまざまで、いわゆる普遍的価値とは必ずしも一致しないこと、共通するのはその人にとってかけがえのないものであるということ、だから表装に用いる裂などの素材には、その人の思いやこだわりが込められていることを教えてもらった。
こうして私は、日本古代に始まる表装という文化が、大切にモノを引き継ごうとする人の心に支えられてきたことを知った。天災や戦災を免れたとしても、心を配る人がいなければ、モノは残らないのだ。
蒙を啓かれ、俄然、博物館の仕事が面白くなった。収蔵庫にある品々は、大事にしたいという思いの集積である。粗末にするわけにはいかない。私たちの世代で、途絶えさせるわけにはいかない。百年後、千年後の未来に、今、私たちが手にすることができるのと同じようにあってほしいと願う。
今年9月、国際博物館会議(ICOM)の大会が京都で開催される。この機会をとらえて、日本で育まれた表装の心を世界に発信するために、森さんや中野さんたちと、英文小冊子の発行準備を進めている。
◉いわさき・なおこ
1961年、宮崎県日向市生まれ。京都大文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。専門は、日本近世史。現在、京都大総合博物館教授。2016年から館長。展覧会に「いま、御土居がよみがえる」「交錯する文化」など。近年は、京都にある大学博物館の連携活動に力を入れている。その合同展が、2月下旬まで台北で開催中。