賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム 未来を思い描く

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〜次世代のメッセージ〜

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- 2019元日 文化人メッセージ -

今森光彦

多様な環境が共存する「里山」を
子どもたちが元気に遊べる場所に

今森光彦
写真家・ペーパーカット作家

近年、里山の自然がようやく受け入れられるようになってきたと思う。
40年くらい前、写真家として活動を始めた頃、私がフィールドにしている琵琶湖畔の田園には、農家さんしか歩いていなかった。生き物を観察したり、風景を眺めながら散策する人はもちろん、子どもの姿さえ見かけることはなかった。
田園は、四季折々こんなにも美しいのに、農家の人たちはどうして野良仕事だけしてみんなそそくさと帰ってしまうのだろう、そんな疑問が脳裏から離れなかった。ただこれは仕方がないことで、当時は農薬全盛の時代。里山の住人である、あのトノサマガエルでさえ姿を消していたのである。それと、田んぼの整備事業も生態系の悪化に力を貸した。田んぼの整備は、棚田の区画を大きくして曲線を直線に変えてしまう。ただ問題は景観的なことではなく、それによって水回りが変わってしまうことだ。従来の湿田から乾田に変わり、水が必要でないときには、完全に田んぼが涸れてしまうようになった。この水利用の仕組みが生きものたちを苦しめた。
人も生きものも敬遠してゆく閉ざされた農業環境への疑問。このことが私の写真を撮るという行為の原動力になったことは間違いない。
いまさら言うまでもないことだが、里山は、山の木々を育て田畑を耕す営みの中に生きものが共存している土地のことだ。農家の人は、生活のために作物をつくり収穫する、ただそれだけなのだが、生きものたちは、それによってできる緻密な環境を存分に利用できる。里山には、森、湿地、草原、水辺など、本来自然の中にあった基本的な要素が、小さいながらも箱庭のように凝縮されている。生きものたちは、種類によってすべてライフスタイルが違っている。それらの生命を生かし続けるだけの環境の多様性が存在する、このことがかけがえのない里山の特質なのだ。
近年、学校教育の中にも里山が取り上げられるようになり、若い人たちの意識が変わり始めているように思う。まずは、子どもたちが元気に遊べるような田園になってくれることを期待してやまない。

◉いまもり・みつひこ
1954年、滋賀県生まれ。琵琶湖をのぞむ田園風景の中にアトリエを構え活動する。自然と人との関わりを「里山」という空間概念で追い続ける。第20回木村伊兵衛写真賞、第28回土門拳賞など数多くの賞を受賞。『里山物語』など数多くの著作がある。