バックナンバー > 第25回 自然と独創性
- 第25回12月18日掲載
- 自信と独創性
科学技術を育んだ自然と文化
新しい感動持ち恐れず挑戦を
島津製作所フェロー
田中 耕一 さん
1959年、富山市生まれ。83年に東北大電気工学科卒。同年4月、島津製作所入社。2002年、タンパク質など生体高分子の同定と構造解析で飛躍的手法を開発しノーベル化学賞を受賞。現在は島津製作所フェロー・田中最先端研究所所長。52歳。
明治以来
西洋の合理主義で
成功してきたが
私は高校まで自然の豊富な富山県で育ったので、理系すなわち自然科学に対する好奇心を自然に持つことができたと思っています。そういう環境で育ったことが、独創性の発揮にも少なからず影響を与えたのでしょう。先入観なしで自然を見つめることが大切だと思います。自然との対話のなかで新しい何かが生まれる気がするのです。解き明かそうとすればするほど、多くの謎が見つかります。それを突き詰めていくことで、我々の未来も開けていくのではないでしょうか。
人は、素晴らしいアイデアを生み出したり大胆な仮説で新天地を拓いたりすることができます。しかしそれらの多くは、今まで分かった知の蓄えからの発想です。科学の最前線では、今まで分からなかった自然の現象を初めて見ることで、そういうことだったのか、と感動をもって前進できることの方が多いのです。
明治以来私たちは、西洋の合理主義、要素還元主義などを用いて、自然の摂理を解き明かそうと努力し、かなり成功してきました。それが唯一の科学する心だと。しかし、要素ごとに分解すると、逆に全体が見えづらくなる。木を見て森を見ずでは不十分です。
文化を楽しむゆとり、遊び心が独創に役立つ
自然はほんの一部を切り出しても複雑です。しかもお互い密接につながっています。バランスにも富んでいます。この広大で深遠なシステムを解明するためには、一人では不十分です。幅広い知識と、日本が得意とするチームワークで取り組むべき、と思えます。
ただし、日本的手法にも欠点があります。これまで信頼性の高いものづくりで貢献してきたため、極端に挑戦と失敗を恐れる空気ができてしまいました。特に最先端の研究開発で減点主義を採用すると、常識にとらわれない心を持つ若手の芽を摘んでしまいます。
日本には古来、文化を楽しむゆとりがありました。心に余裕があると、新しいことを取り入れたくなります。そういった「遊び心」が独創にも役立ちます。従来は、科学に不真面目さや主観、他分野の知恵は邪魔、という思いが強く、それが窮屈な雰囲気を作り、創造性をはばんできた、と思えてきます。四半世紀前、私が世界に役立つ発明ができたときも、そういった思考の自由がありました。あまり表にはでませんが、現在の日本の中でも脈々と受けつがれています。
日本ではこれまで、理系と文系に分けて考えてきました。しかし、日本でこれだけ科学技術が発展できたのは、長い歴史と文化に大いに影響されたとしか考えられません。政府から最近「科学技術を文化として育む国」という理念も出されています。研究者、技術者も日本語で考えています。そのユニークさをもっと独創性に結びつけられるはずです。
「理科離れ」より「知離れ」「文化離れ」が問題
特に若い人の間での「理科離れ」が問題視さていますが、むしろ「知離れ」「文化離れ」が問題ではないでしょうか。周りの国々が発展しているのに日本は停滞、と思えてしまうから。今日本に一番必要なのは、自信です。豊かな自然に囲まれ、層の厚い文化を持つ日本、その中心である京都から、これまでたくさんの独創が生まれ、今現在も芽は多く育っています。これからの日本が楽しみです。
<日本の暦>
一陽来復
京滋とも、すでに初雪が舞い、日ごとに寒さが募ってきました。この時期、人も自然もすべてが縮こまっていくように感じられます。しかし、旧暦では冬至を境に、季節は衰勢から盛勢に転じるとされます。
陰が極まって陽が生ずる時期。短かった昼間の時間が、再び長くなる「一陽来復」の始まりです。
ことしの冬至は12月22日。昔から冬至には、中風封じにかぼちゃを食べゆず湯に入る習慣があります。京都ではニンジン、レンコン、ギンナンなども食べます。「運鈍根」にあやかった縁起かつぎですが、栄養を摂って風邪を防ぐ古人の知恵でもあったのでしょう。
<リレーメッセージ>
■宇宙舞感性
私は、国際交流を始めて20年目になります。アメリカ・シアトルの大学美術グループへの墨アートのデモンストレーションがスタートとなりました。その後訪問した世界の素晴らしい多様性を持つ人々とのお出会いは、私の宝物となっています。
私は幸運にも、神秘性や癒しの力があると言われる「墨の香り」と共に「書」を通じて世界の多くの人達と感動を共にする事が出来ました。
そして改めて、感性に国境はないとの思いを強くいたしました。
今、地球はいろんな意味で大変な時を迎えています。青く輝く星・地球の象徴である命の水に守られながら、日本の文化である「墨と書」を通じて、人として相手のことを思いやるやさしさ、忍耐や誠実さ、そして生かされている事への感謝の心を改めて考えたいと思います。
古より培われた素晴らしい文化と歴史の地、京都から「墨の香り」の持つ精神性・魂サイドの創造表現を、これからも楽しみながら発信したいと願っています。
(次回のメッセージは、ポーセレン・アーティストの國生義子さんです)