日本人の忘れもの 京都、こころここに

おきざりにしてしまったものがある。いま、日本が、世界が気づきはじめた。『こころ ここに』京都が育んだ文化という「ものさし」が時代に左右されない豊かさを示す。

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第20回11月13日掲載
京菓子のこころ
京で生まれ育まれた文化の
伝承されていく素養と楽しさ

やまぐち・とみぞう

御菓子司「末富」当主
山口 富藏 さん

1937年京都市生まれ。関西学院大卒。東京・銀座「松崎煎餅」で修業後、家業に従事。70年「末富」3代目を継承。茶道家元、各宗本山の用を務める。「京菓子歳時記」「菓子ごよみ」などの著書がある。大学、短大の非常勤講師も務める。

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 京には1300年の王朝の文化を踏まえた食の文化が数多く今に伝えられています。

 その中でも京の御菓子の文化は広く日本中に伝えられ、「京菓子」として認められて来ました。しかしながら今やスイーツの食文化に取って代わられ、京の御菓子の文化は単に「食べ物」として理解されることが多くなりました。

希少な甘さ
「もてなし」に用い
洗練された味に

 南蛮文化と共に日本に将来した「砂糖」を用いた甘い食べ物を「菓子」として食べるようになりました。この輸入品としての希少性が特権階級の人々と結びつき、京では公家を中心とする貴族階級の食べ物となり、「もてなし」の食べ物となったのです。そして明治時代になるまでは白い砂糖の洗練された味は庶民のものではなかったのです。

 こうしたことから京菓子といわれる御菓子のさまざまな特色が生まれたのです。

移ろう季節を表現 銘を付け生き続ける色の世界

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 (1)京の季節を御菓子で表現する。特に京の風土から生まれる「移ろう」季節の姿を御菓子で作ることです。微妙な色や形の変化を捉えるのが菓子屋の仕事であります。そして用いる素材の季節感にもこだわります。

 (2)御菓子に銘=名前を付けること。季語を中心として詩歌や物語から引用される銘により、小さな御菓子から大きく広い世界に思いを馳(は)せるのも御菓子の持つ力であります。

 (3)王朝文化が生み育んだ色彩文化を今も御菓子に用いることです。「襲(かさね)の色目」として伝えられて来た色の世界は現代にも生き続けています。

 (4)江戸文化とは異なり、写実性を嫌うことです。琳派の美として装飾性やおおらかさが京菓子に取り入れられ、「らしく」見せることが京菓子の大きな特色といえます。

 京菓子を作る上で最も大切なことは食べていただくものに意義があり、見せることが目的ではないということです。技術を誇示する作り菓子=工芸菓子は京菓子の本流ではないと考えています。近頃、流行の若冲より宗達、光琳が好まれることに通じます。

広がる美味しさ 遊び心の世界はどこへ

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 今、巷(ちまた)に流行するスイーツは「メッチャ、カワイイ」「甘くないから美味(おい)しい」。そして「ヘルシー」が売り物になっています。京菓子が醸し出す文化を楽しむ食べ物として広い世界を遊ぶものではなくなってしまっていると感じられるのです。平素よりの広い素養が美味しさを広げ、遊び心を楽しむ京菓子の世界はどこへ行ってしまったのかと寂しさを感じながら商いをしています。

 現今の菓子業界は「新素材」、現代の新しく創り出された材料を用い、機械と冷凍・冷蔵技術で成り立っています。

 京菓子を食べるという文化は京の暮らしに根ざした洗練されたものでありました。それが理解されなくなった大きな原因は、家族で食を楽しむものであったものが、個の食になったことにより、伝承されていく素養と楽しさが理解されずに忘れ去られたことにあると考えています。

 京で生まれ育まれた文化は今では説明なしに理解できる人が少なくなってしまったと嘆かなければならなくなったのが現状です。

<日本の暦>

地始めて凍る(11月13日ごろ)

 この言葉が生まれた中国北部の11月中旬は、本当に地面が凍るほど気温が下がるそうです。日本ではまだ凍るほどの寒さではありませんが、ちょうど初霜の頃にあたり、早朝、霜が降りて真っ白に覆われた庭や野を見た先人たちは、中国伝来の言葉をそのまま受け入れたのかもしれません。

 またこのころは秋の収穫を氏神に感謝する季節でもあり、お礼を兼ねて子どもの成長を願う七五三が定着したとの説もあるようです。

<リレーメッセージ>

京都府立大 キャンパスライフアドバイザー・藤吉 紀子さん

■大切にしたい

 大きさも色づきもバラバラ、中には虫に刺されて斑点のついているのも混じって、段ボール一杯の富有柿が届いた。若狭の実家の妹からだ。祖父が屋敷跡に植えた古木の柿。「今年はお猿さんにも採られずに鈴なりだから、送ります」との添え書き。青い空と朱色に色づいた柿の記憶。幼い頃この屋敷跡の柿の木で妹とよく遊んだ。

 深夜の雪道を父が持ち帰った「コッペガニ」。濡(ぬ)れた新聞紙からはみ出た蟹を取り出して、寒さに震えながらも母と一緒においしく食べた。

 食べ物の思い出は五感と一緒に情景をともなって鮮やかに浮かぶ。そこに時を超えて愛した家族がいたことを実感する。

 食卓を一緒に囲むのが家族だよと遠い日、祖母が話した。幼い頃、若狭で囲んだ食卓のご馳走は、焼き鯖のちらしずし。今、京都の食卓にはふるさとの香りがする鯖ずしが並ぶ。

 おいしいものを一緒に食べる時の笑顔、食材や作り方で弾む会話。湯気の立ち上る食卓が醸し出す穏やかで、心地いい時間。

 家族で食卓を囲んでいますか。


 (次回のリレーメッセージは、公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会常務理事兼事務局長・料理研究家の杉本節子さんです)

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