日本人の忘れもの 京都、こころここに

おきざりにしてしまったものがある。いま、日本が、世界が気づきはじめた。『こころ ここに』京都が育んだ文化という「ものさし」が時代に左右されない豊かさを示す。

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーンプロジェクト

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第16回10月16日掲載
自然と調和する知恵
自然と共に生き共に生み出す
歴史と文化の道を歩もう

もりた・りえこ

京都大名誉教授
上田 正昭 さん

1927年兵庫県生まれ。京都大学大学院文学研究科修了。京大教授、大阪女子大学学長など歴任。現在はアジア史学会長、社叢学会理事長。専門は日本・東アジア古代史。著書は『大和朝廷』『帰化人』『古代伝承史の研究』『上田正昭著作集』など多数。

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東日本大震災が起きた際、お二人の先輩の言葉を思い起こした。

戦後の学問は
自然を克服する
欧米型の方向

 一つは、東京大の著名な物理学の教授で文人でもあった寺田寅彦先生の言葉だ。寺田先生は、昭和10(1935)年12月に58歳の若さで亡くなられたが、最晩年の論文に「日本人の自然観」があり、学生時代に読んで非常に感動した。そのなかで寺田先生は、ヨーロッパの学問は自然と対決して発展したが、日本の学問は「自然と調和する知恵とその経験を蓄積して発展してきた」と言われている。たしかに、欧米の学問は自然を克服することに重点を置いたが、日本の学問は、自然と調和する知恵とその体験を蓄積してきたといえよう。ところが戦後の学問は多くが欧米型になってしまった。寺田先生がいわれたのと逆の方向を歩んできたと、東日本大震災の地震、大津波、福島第1原発の事故のなかで痛感した。

 もう一つ思い出したのは、友人でもあった司馬遼太郎さんの言葉だ。司馬さんは平成8(1996)年2月に、72歳で亡くなったが、小学6年生の国語の教科書に「二十一世紀に生きる君たちへ」を書かれている。これは司馬さんの若者への遺言ともなった。そのなかで司馬さんはこう述べている。

畏敬の念をすっかり忘れて思い上がる

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 「歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。その態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。-人間こそ、いちばんえらい存在だ。という、思い上がった考えが頭をもたげた」

 たしかに、自然に対する畏敬の念を多くの日本人は戦後、すっかり忘れてしまった。

 平成14(2002)年5月26日、私たち有志が中心になり、日本文学研究者のドナルド・キーンさんをはじめ内外の人に呼びかけて、「社叢(しゃそう)学会」を立ち上げた。聖なる樹林、特に「鎮守の森」が象徴するように、日本人は自然の中に神を見いだし、自然をあがめ、自然と調和して歩んできた。その姿はまさに、鎮守の森の歴史と文化に内在すると私たちは思っている。

鎮守の森は現代でいえば地域交流の場

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 そこで思い起こすのは明治時代の神社合併だ。優れた生物学者で民俗学者の南方熊楠が合併反対に動き、明治45(1912)年、雑誌「日本及日本人」に「神社合併反対意見」の大論文を書いた。熊楠はその中で七つの反対理由をのべている。私が感動したのは、第2番目の理由として「合祀(ごうし)は人民の融和を妨げ、自治機関の運用を阻害する」と指摘している点だ。日本では14世紀の南北朝のころから、神社が村の寄り合いの場になり、自治を展開していった。村の長を選び、掟を定める。相撲やさまざまな芸能も行われる。鎮守の森は、現代でいえば地域のコミュニティーセンターだった。熊楠はそのことを見事に指摘している。

 2001年、はからずも歌会始の召人に選ばれ、新世紀への願いをこめて歌を詠ませていただいた。「山川も草木も人も共生のいのち輝け新しき世に」。共生という言葉は近年、共に生きる「ともいき」の側面に重点が置かれているが、『古事記』では「共生」を共に生む「ともうみ」と読んでいる。日本人は自然と調和し、共に生き、共に生みだす歴史と文化の道を歩んできたのだと思う。その日本人の知恵を再発見したい。

<日本の暦>

蟋蟀(きりぎりす) 戸(と)にあり(10月19日ごろ)

 蟋蟀はコオロギのことですが、この場合はコオロギの古名でキリギリスと読みます。涼しげな鳴き声で秋の訪れを感じさせてくれる昆虫です。その秋の虫がいつのまにか庭から家に入ってきて、土間や縁の下で鳴き始める季節ということです。清少納言は『枕草子』の中で好ましい虫として「スズムシ、ヒグラシ、テフ、キリギリス、ハタオリ、ワレカラ、ヒオムシ、ホタル」を挙げています。現代の私たちはこのうち、いくつの虫を思い起こせるでしょうか。

<リレーメッセージ>

書家・木積 凜穂さん

■墨の香りに込める思い

 40年間書道に支えられ生きてきた。辛い時も白い和紙に向かい、墨をすると、その香りに癒(いや)され、また言う事をきいてくれないわが子のような筆と格闘しているうちに自分を白紙に戻せた。

 書き損じの和紙が山のようにたまる。けれど、懸命な心を受け止めてくれた、それらを容易には捨てられず、フライパンをふいたり、あれこれ再利用を考える。ある日の夕餉(ゆうげ)には、天ぷらの下に万葉集が書かれていたり。

 私が創作した「modern 書 art」は篆書(てんしょ)の絵画的な面白さ、得も言われぬ墨の香りに込められた一言に重ねて、生きとし生けるものへの慈しみの思いが詰まっている。今月22日から遊筆町家凜穂(京都市中京区)で催す「ひととひととひとところ」二人展にも、このような思いを込めた。

 あらゆる事が電子の頭脳と機械の手でなされる便利な世の中だからこそ、墨の奏でる世界の優しさ奥深さを多くの方に伝え届けたい。

 そして、一人一人の温かな思いが、この美しい地球を元気な姿に戻し、未来の子供たちに渡すことを願いつつ、精一杯私の役目を果たしていきたい。


(次回のリレーメッセージは、佐川印刷副会長の木下豊子さんです)

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