バックナンバー > 第50回 祈り ~サムシング・グレートとの対話~
- 第50回6月17日掲載
- 祈り ~サムシング・グレートとの対話~
人間は無力だから祈るのではなく
祈りの思いもよらぬ力を求め祈る
筑波大名誉教授
村上 和雄 さん
1936年、奈良県生まれ。京都大大学院博士課程修了。米国バンダービルト大学助教授、筑波大学教授などを歴任。83年、高血圧の原因酵素・レニンの遺伝子解読に成功した。96年、日本学士院賞受賞。「生命の暗号」「アホは神の望み」など著書多数。
現代はインターネット社会です。2011年3月11日に日本で起こった大震災とその被害の詳細は、瞬く間に世界中を駆け巡りました。
国境も世代も 宗教も超えて
届けられた言葉
すると「日本のために祈ろう」というメッセージがインターネット上に飛び交い始めたのです。国境も世代も宗教も超えて、世界中から届けられた「祈り」の言葉。世界では、これまでさまざまな災害や危機がありましたが、こんなにも一つの国のために「祈りのリレー」が行われたことはかつてなかったでしょう。
震災では、目に見えるものが多く破壊されましたが、同時に目に見えない、いのちの大切さと有り難さ、助け合いの心、などが自分たちの心の中に残っていることに多くの人が気づいたのです。
日本を憂う大自然からのメッセージ
日本人は見えないものへの畏敬の念を、日常の中で持ち続けてきた民族だったはずです。その日本人が、目に見える経済効果や、システム、技術といったことばかりに重きを置いた営みを送ってきたうちに起こった今回の大震災。これは、そうした日本を憂う、大自然からの何らかのメッセージだと思えてならないのです。
私は生命科学の現場に50年以上おります。その間、見えざる大自然の偉大な働きを感じることがあります。遺伝子研究の進展は目覚ましく、幸い私どもも多くの遺伝子暗号解読に成功することができました。研究に夢中になって取り組んでいるとき、不思議な感慨を持つことがあります。それは「ヒトを含め全ての生物の遺伝子暗号を書き込んだのは誰か」ということです。
オンオフの営みは人智を超える偉大な働き
ヒトの場合、約32億文字(塩基配列)が1グラムの二千億分の一という極微の空間に整然と書き込まれているのです。単に書き込まれているだけでなく、1分1秒の休みも無く、オンとオフを繰り返しながら働いている営みは、人智を超える偉大な働きです。私はその働きをする主体を「サムシング・グレート」と名付けています。
そして、心の働きによっても遺伝子のオンとオフが変わりうると考え、それを証明するために「心と遺伝子研究会」を立ち上げました。笑いが遺伝子のオンとオフを制御するなどの証拠が少しずつ出てきています。
「祈り」までもが遺伝子のオンとオフに関係すると私は考えています。ちなみに、最近のアメリカでは、医学・医療の分野で、西洋医学以外に東洋医学をはじめ、薬草、漢方薬、鍼灸(しんきゅう)、瞑想(めいそう)、音楽、信仰などの医療に及ぼす影響の研究が始まっています。祈りもその中に含まれています。「祈り」が治療に及ぼす影響については、賛否分かれていますが、古来より人間が続けてきた「祈り」が最先端の研究分野になりつつあります。人は無力だから祈るのではなく、祈りには思いもよらない力があるから祈るのだと思います。
<日本の暦>
桜桃忌(おうとうき)
不惑の歳を迎えることなく、非凡な才能を惜しまれて去る。繊細極まりない美意識の持ち主には、それが望んだ最期だったのでしょうか。
1948年6月19日、新聞の見出しは「情死」でした。ペンネームが太宰治で、津島修治が本名です。東京都三鷹市の玉川上水で遺体が上がりました。
桜桃忌は太宰の作品「桜桃」から命名されました。入水直前、友人宛てに残したのが伊藤左千夫の短歌です。「池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨降りしきる」。
三鷹市・禅林寺の墓前で営む桜桃忌はことしで64回目。太宰の人気は衰えず毎年、100人以上のダザイストたちが集まります。
<リレーメッセージ>
■審美眼
宝鏡寺では人形展を始めて五十余年になります。日本が高度経済成長期に入り、社会環境が大きく変わりつつある頃、子供たちが古き良きお人形に接することが少なくなったことを聞かれた先々代門跡が、昭和三十二年の秋より年二回春と秋、宝鏡寺所持のお人形を中心に公開することを決められました。
お人形に限らず、卓越した技術の後継者不足はよく耳にいたしますが寂しいことです。さまざまな伝統文化は長い時間をかけて練られて残ってきたものであり、その力はわれわれに感動や畏敬の念をもたらし、またときとして人々を退廃や争いから遠ざけ、心の安らぎへと導くものではないかと信じております。
ところが近頃では不景気も手伝ってか、奇を衒(てら)うもの、安易なものが横行するように思われます。洋の東西を問わず、人々に長く愛されているものに触れることが本質を見極め審美眼を育むことにつながるのではないでしょうか。
グローバル化が進む中、日本人の誇れる審美眼を持ちたいものです。
(次回のリレーメッセージは、映画監督の河瀬直美さんです)