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- 第42回4月22日掲載
- ものを大切にする心
丹精に作られたものには
不思議な魅力や感動がある
平安神宮宮司
九條 道弘 さん
1933年、東京都生まれ。旧五摂家の九條家第35代当主。関西学院大卒業後、文化放送勤務を経て神職に。神宮奉賽部長、同祭儀部長などを歴任。91年より現職。藤原氏の末裔で組織される藤裔会の会長など多数の要職を務める。
二十年に一度の大祭である式年遷宮を来年に控える伊勢の神宮では、本年三月に立柱祭と上棟祭が内宮、外宮の両宮で厳かに斎行された。
京にこそある
熟成された文化と伝統の技術
持統天皇の御代より、戦国時代に中絶もあったが千三百有余年もの間、連綿と続いてきた神宮式年遷宮は今回で六十二回目を数える。社殿のみならず、御神宝装束全てを寸分違わず新調するものであるが、その大部分が京都で作製される。
千年以上の長い間、都として途切れることなく続いている熟成された文化、伝統に裏打ちされた技術を今日まで伝える京都でこそ成し得るのである。
世界でも稀有(けう)な文化の連続性を持つ私たち日本人は、古来より自然の猛威を畏(おそ)れると同時に、そこから得られる恵みに悠久の感謝の祈りを捧(ささ)げてきた。
春に五穀豊穣(ほうじょう)を祈り、夏は作物の瑞々(みずみず)しい成長を願う。秋には収穫感謝の祭を行い、冬は厳しい寒さを耐え、やがて来る春に備える。人々は四季の移ろいを五感で感じ、森羅万象すべてのものに畏敬と感謝の念を抱き、そこから学んだことを守り伝えてきた。
「もったいない」を身近に感じながら育った
環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したケニア人の故ワンガリ・マータイ女史が提唱された「MOTTAINAI」という言葉の環境運動がある。女史は日本で「もったいない」という言葉に感銘を受け、世界中で同じ意味の言葉を捜したところ、環境運動の理念を一言で表せる言葉が他に見つからなかったという。
戦後、全てが不足していた混乱期に少年時代を過ごした私は、「もったいない」という言葉を身近に感じながら育った。それから日本人は、物で満たされた生活を豊かさと信じてひたすらに働き、高度経済成長期を経ていわゆる先進国の一員と言われるようになった。
しかし一方で、ものを大切にする心はおろか、顧みれば日本人としての誇りや家族の絆など、守るべき大切なものを置き忘れてきた発展であったのではないかと気づかされた。
大量生産ではない時代、一つ一つ心を込めて丹精に作られたものには人の心を打つ不思議な魅力や感動があり、慈しむようにいつまでも大切に使うものであった。心の潤いや余裕をなくし、いつしか便利さに慣れてしまった私たちだが、もう一度先人より紡がれてきたものを大切にする心、ひいては感謝する心を取り戻したいと願う。
植え続ける 紅しだれ桜の姿に思いを馳せながら
私の奉務する平安神宮の春を彩る八重紅しだれ桜は、元は御所の近衛邸に咲く「糸桜」を津軽藩主が持ち帰って育てられたものである。明治二十八年、平安神宮創建の際に仙台市長より寄贈され、それを市民の協力を得て大切に育て増やしてきた。
境内に広がる神苑には、今もなお若木の紅しだれ桜を植え続けている。これらの若木とその子孫たちが数十年、数百年先に天から降り注ぐように咲き誇る姿に思いを馳(は)せながら、大切な“もの″がしっかりと後世に継がれていくと信じたい。
<日本の暦>
閏月(うるうづき)
きのう21日は、旧暦の「閏3月1日」に当たります。閏は「付け足し」の意味です。つまり旧暦ではきのうから、2度目の3月が始まったということです。
なぜ同じ月を繰り返すのか-。旧暦(太陰太陽暦)では、通常の1年は約354日しかありません。時間に正確な新暦に比べて約11日短く、3年も経つと約1カ月の狂いが生じます。
放置すると季節と暦がどんどんずれていくので、誤差を調整するために加えられるのが閏月です。おおむね3年に1回、正確には19年間に7回の割合で設けられます。
2度目の3月といっても、季節は晩春から初夏へ。新緑がだんだんと色濃くなっていきます。
<リレーメッセージ>
■心と体の健康は日本食で
世界一の長寿国日本、戦後の日本を経済大国にのし上げたのは、すばらしい忍耐力と女性の力だと思いますが、その陰に大事なものを忘れて来たのではないでしょうか。
それは、心の問題だと思います。義理、人情、隣人愛などです。「トントントンカラリと隣組」という歌をご存じの方がどれだけ居られるでしょうか。今は「隣は何をする人ぞ」の時代になりました。そして家族も核家族化してまいりました。
せめて3食バランスのよい食事をとるだけでも心が豊かになり、イライラが無くなります。食生活と体、心とは密接な関係があります。バランスのよい食生活を腹八分目でいただきたいものです。
元来、日本食は小皿主義の副食といった理想的なお食事でした。よくかむということは脳の活性化につながりますし、米飯をいただけば亜鉛不足も解消されます。京料理に代表される日本古来の食事こそ、大切な遺産だと思います。
災害で若者のボランティア精神が芽生えたことは“絆”に連なる人情、隣人愛、国土愛へと展開することになり、心の問題が少しずつ解消されていく結果になればよいことだと思います。
(次回のリレーメッセージは、学校法人大和学園名誉学園長、田中田鶴子さんです)