日本人の忘れもの 第2部

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

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第30回 1月20日掲載 対談

食文化
漬物は野菜と乳酸菌による健康伝統食品

平井達雄さん

京つけもの西利 代表取締役社長
平井 達雄 さん

ひらい・たつお 1950年、京都市生まれ。72年京都大農学部食品工学科卒業後、74年同大大学院修士課程修了。同年、京つけもの西利に入社し、2005年代表取締役社長に就任。農業生産法人京つけもの西利ファームを設立。「旬 おいしく、やさしく。」を追求。

食の伝統は教育しないと続かないものです

伏木 亨さん

京都大大学院農学研究科教授
伏木 亨 さん

ふしき・とおる 1953年、京都府舞鶴市生まれ。京都大農学部、同大大学院を経て94年より京都大大学院農学研究科教授。専門は食品・栄養化学。日本栄養・食糧学会評議員、日本香辛料研究会会長、日本料理アカデミー理事。第13回安藤百福賞、2009年日本栄養・食糧学会賞受賞。

イメージ その1
かつて日本の食事といえば、ご飯とみそ汁、漬物があって、これに山海の各種のおかずが添えられるのが基本だった。

平井◉私が子どものころ、日本の食事といえば、ご飯とみそ汁、漬物があって、これに山海の各種のおかずが添えられるのが基本でした。ところが時代が流れるとともに、このパターンが崩れ、特に朝食ではパンが主食になっている家庭が多いようです。

日本で大昔から食べられていたと思われる漬物には、日本の風土にねざした四季折々の野菜と腸内改善や免疫賦活効果作用を持つラブレ乳酸菌などの善玉菌が多く含まれているのです。最近では、整腸作用に優れているとの理由などで乳酸菌が注目され、ヨーグルトの売れ行きがいいようですが、日本に昔からある漬物を忘れてもらってはいけません。四季折々の野菜と乳酸菌をおいしく、楽しく体内に取り入れられる漬物こそ、日本の風土にねざした日本食文化の金字塔です。

伏木◉現在、食卓に上る食材には、明治維新以降に外国から伝わったものが多くあります。ところが主食の米だけは、ずっと食べ続けてきたわけです。

戦後すぐの日本は米不足で、外国からの支援物資として小麦が大量に届けられました。米食からだんだんパン食に移行してきたのは、昭和22年から始まった学校給食として、小麦粉を使ったパンを子どもたちに提供したことも大きく影響しているのではないでしょうか。

日本で生まれ育っていると、おのずと日本食が親から子へと受け継がれると考えがちですが、味の好みというのは後天的で、遺伝しないと考えられています。日本では、米と漬物が多く食べ続けられていたとしても、パンを好む親が今度は子どもにパンを与えるから、米食の割合が次第に減ってくる。食の伝統は教育しないと続かないものです。高脂肪に偏らない米食中心の日本食のよさを、政府が確たる政策をもって教育すべき時期に来ています。

平井◉京都府では「京都府伝統と文化のものづくり産業振興条例」により伝統的原材料、技法により製造されている食品を「京もの伝統食品」として指定しています。伝統の京漬物「千枚漬・すぐき・しば漬」が指定されています。今が旬の「千枚漬」、「すぐき」は、当社も「京もの伝統食品」として指定を受けています。

日本全国から中学生、高校生の修学旅行や、外国からの観光客の多い京都に、漬物文化を含めた日本食を多方面から知り、味わえる施設を、ぜひ建設していただきたいと願っています。日本の子どもたちが伝統の味を体験し、守り伝えてもらう教育施設になるだけでなく、最近では欧米などで、ダイエット、健康食として日本食が注目を集めていますから、喜ばれると思うのですが。外国人が素晴らしいと認めている日本食文化を、まだ日本人自身の多くが気づいておられない。この啓発施設にもなりますしね。

伏木◉日本だけでなく先進国が、五感の一つである臭いを嫌う無臭化社会に移行しつつあります。日本では臭みの弱い納豆が、よく売れている。韓国でもキムチの売り上げが伸び悩んでいると言われています。その原因の一つは社会の無臭化でしょう。臭いこそ各国の食文化そのものなのに、世界的に、それを次世代に伝えにくい状況になっています。各地の食文化特性が失われ、どこに行っても画一化した食しか味わえないのでは、旅行していても楽しくないでしょう。私は、仕事で日本各地に出掛けますが、居酒屋で出てくる漬物の味一つで、その土地の文化を伝承しようとする気構えの程度が分かりますね。

平井◉「旬 おいしく、やさしく。」を社是にものづくりをしてきた当社では、旬の野菜を厳選し低塩度で仕込んだ「京のあっさり漬」が近年のヒット商品です。これは、漬物の味はしっかりしていながらも、独自の技術で塩分も臭いも抑えています。先生が言われるように、最近の若い人たちは、臭いの少ない商品を選ぶ傾向が顕著になっています。消費者の好みの変化に即応して、常に新製品開発に取り組んでいますが、学校での伝統食品教育もしていただきたいなと。

伏木◉日本はお米があって続いてきた国です。ところがパンなど、輸入がほとんどの小麦文化に押され、米離れということで減反政策を政府は今も進めています。食料自給率のことを考え、国の機関として米穀省を設け、米食文化を守ることが日本では大事でしょう。幼稚園や保育園では、日本食を中心に子どもを育てようとする運動が、栄養士さんたちの間で広がっていると聞いています。むしろ「うちはお米を使った給食ですよ」が、少子化時代に子どもを入園させたいと思う保護者への売りになっているそうです。日本の将来を考えた場合、こうした活動が多くなることで、また米食文化が復活するのではなかろうかと期待したいところですね。

きょうの季寄せ(十二月)
家根船(やねぶね)と 云(い)ふもの絶えぬ 都鳥 川村黄雨(こうう)

ユリカモメを都鳥と呼ぶのは、在原業平(ありわらのなりひら)が東に下って「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」と詠んだことによる。

作者黄雨は江戸・明治・大正、昭和は10年まで生きた人。少なくともこの間、屋形船より小さく、1人か2人で漕ぐ、この船は浮かんでいた。

俳句は時に、このように時代の証言者でもある。
(文・岩城久治)

「きょうの心伝て」・30

木下 晴夫 さん 学校警備員(京都府城陽市/66歳)

挨拶

子どもの頃聞いた、母が交わす挨拶はいつも決まっていた。

「お早う御座います」

「どちらまで」

「ちょっとそこまで」

「そうどすか、気を付けて」

「おおきに」。

町内の人や知り合いとの日々のこんな挨拶が、自然と耳に入ってきた。何も答えになっていない会話が、子どもの頃の私には不思議だった。今考えると、声を掛け合うことが大切で、相手の声や表情から今日もいつもといっしょで、元気で無事なことを確認しあっていたのではないだろうか。みんなが人を気遣い、助け合い、温かい心をもって、苦しかった戦後の生活を乗り切ってきた。私には何もわからないけれど、その様を体験出来たことは幸せだと思う。

未来の日本を担う、今の若者たちに私たちの世代は何を伝えればいいか。私は、挨拶の大切さを一番にあげたい。相手の目を見て、笑顔で、明るい声で、自分から先に頭を下げて、私はこれまで以上に、心を込めて挨拶をしていきたい。

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