京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部
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- 第26回 もてなしの心
第26回 12月23日掲載 対談
- もてなしの心
- 異なりを認め合い、相互に敬愛する姿勢が大切
学校法人大和学園学園長
田中 誠二 さん
たなか・せいじ 1957年、京都市生まれ。81年コーネル大ホテル経営学部卒。84年コロンビア大経営大学院にてM.B.A取得。「アカデミー・オブ・ホスピタリティ」を標榜する学校法人大和学園学園長。おもてなしの精神と人間力形成を機軸とした職業型実学教育の振興に邁進する。
- 「静」を尊重する日本と「動」をよしとする西欧
早稲田大国際教養学部教授
中村 清 さん
なかむら・きよし 1946年、岐阜県生まれ。73年早稲田大大学院商学研究科修了。現在、早稲田大国際教養学部教授を務める。専門はメディアの産業組織的研究。デジタル技術革新によってインフラストラクチャーとしてますます重要となっているメディアネットワークの経済的研究に取り組む。
- 世界無形文化遺産登録を目指す「和食:日本人の伝統的な食文化」(写真はイメージ/提供:学校法人大和学園)。
田中◉本学園では、栄養・医療・調理・製菓・ホテル・ブライダル・旅行などのホスピタリティ産業の職業人を養成する専門学校を運営しています。職業教育の基本は「おもてなし」、英語ではホスピタリティの心を持つことに尽きます。ホスピタリティとは、お互いの異なりを認め合い、相互に敬愛しながらそれぞれの価値を高めて、心地よい関係を築くことだと、私は理解しています。
京都の文化は、宗教、学問、藝術を中心に、山紫水明の豊かな自然と調和するホスピタリティの精神を伴って古くから発展。京都人が、山川草木への崇敬の念を大切にする「もののあわれ」の感性を知り自然体を保ちつつ、品位あるおもてなしの心に満ちていたからこそ、この街がこんにちまで世界からも希少な都市として注目されているのではないでしょうか。
中村◉日本では、どちらかというと、伝統を大切に守り継ぐといった「静」の世界を尊重し、西欧ではアクティブな変化を求める「動」をよしとする傾向にありますが、ホスピタリティは、日本だけでなく世界中で通用する言葉ですね。キリスト教圏では、慈愛、救済の意味も含みます。各国で表現方法は違っても、生きるもの全てを愛と平和で包み込むことを究極の目的にしているのが、ホスピタリティの本来目指しているところですよね。
現在の国際社会では、異文化を強調しすぎる嫌いがありますが、同じ考え、優れたところがあることを探して、そこを起点に協調できるところはないかと考えることが紛争の多い現代社会では大切なことだと、最近の世界動向や日本での悲惨な事件などを見て、強く感じます。
田中◉自国文化の素晴らしいところは相手に探してもらうだけでなく、こちらから積極的に伝える発信力を備えることも大事ですね。例えば「和食:日本人の伝統的な食文化」が今年、ユネスコの世界無形文化遺産に登録申請されました。これはホスピタリティ豊かな日本、特に京都ならではの自然と見事に融合した、おもてなしの精神を世界に知らしめる大きなチャンスではないでしょうか。
中村◉文化を発信するためには、それなりの勉強が必要です。ところが日本人の多くは、学校を出て就職や結婚をすると、途端に学習する機会がなくなります。産学公が連携して、生涯教育の場をたくさん用意すべきです。若い諸君には、一度でもいいから外国に出掛けていただきたい。当たり前だと何も考えることなく生活している日本が、自然景観、安全、インフラ整備、人材の質などで、外国と比較して、いかに素晴らしいかということに気付き、外国の人にきっと発信したくなるはずです。また、外国語を知れば知るほど、各国の言語には、その国ならではの文化が凝縮されていることも知っていただきたい。
田中◉若い人たちを見ていますと、メールやインターネットを通した個人対個人の人間関係の構築には卓越した力があると感じています。逆に、目上の人や集団との交流機会が少なくなり、マナーや機微を理解して他者を気遣うことには無頓着な気がします。私たち人生の先輩が率先して若者と触れ合う機会を設け、この街で大切に守られてきた想いを、それとなく伝え育むこともすべきだと、私なりに心掛けています。
中村◉インターネットの急速な普及により、異世代間のコミュニケーションが希薄になったというのは、ネット社会に慣れ親しんでいない世代の誰もが感じることですが、若者は彼らなりに新しいコミュニケーション手段を駆使して、今までと違う価値観でグローバル世界へ果敢に飛び込んでいます。これは一種の産業革命だと捉えるべきでしょう。
明治時代、日本美術院を創設した岡倉天心は『茶の本』を、国際連盟事務次長も歴任した新渡戸稲造は『武士道』を、それぞれ英語で出版して世界に発信しています。若い世代が率先して日本文化の神髄を世界に発信する。ソーシャルネットワーク時代だからこそ大きな可能性を秘めています。
田中◉ソーシャルネットワーク時代のホスピタリティは、古き良きものを調和させて、おもてなしをする側が「静」の姿勢だけではなく、守るべきものは守りつつ新たなライフスタイルを提案する「動」の心意気で、新しいメディアのプラス面を活用すべきでしょうね。ウェブは、精神的充足や上質な空間を作り、明日へ向かう意欲につながる、おもてなしを創造するツールにもなり得るわけですから。
中村◉ホスピタリティは、巡礼者などの宿泊施設を意味するラテン語の「ホスピティウム」が語源で、病院を意味するホスピタル、もてなすホストなど、いろんな意味に発展してきた経緯があります。
京都に日本の心を感じ、多くの人が何度も入洛するのは、町全体にあふれている非日常の空間を味わいたいからでしょう。京都で暮らしている多くの人たちは今後も、ことさらに非日常を演出したり誇示したりすることなく、現在のままの暮らしを忘れないでいただきたいと、京都以外の人間から勝手なことですが、切にお願いします。
きょうの季寄せ(十二月)
うるさいを漢字で「五月蝿い」と当てる。夏は活発に飛び回るからであろう。冬はさすが動きが鈍くなる。其角に「憎まれてながらふる人冬の蝿」と、世にはばかってあるものへの心情が読み取れるけれども、掲句は、一日外に出ないで無聊(ぶりょう)を託(かこ)っておればおのずから「蝿も友なる」という心情も宜(むべ)なるかな、と小さな生き物へやさしいまなざしとなる。
(文・岩城久治)
「きょうの心伝て」・26
木原 康伸 さん 会社員(京都市中京区/41歳)
真のコミュニケーション
Eメールが一般化し、仕事上の連絡が非常に楽になった。相手が留守の時でもEメールを送っておくと大概返事をもらえるし、外出先からも携帯電話を使ってEメールを送ることができる。最近では、シンプルな連絡から込み入った商談までEメールを駆使している。
しかし顧みると、相手と直接会うコミュニケーションが非常に少なくなったように思う。相手と対峙(たいじ)する過程では、その場の雰囲気、相手の表情やしぐさ、自分の息遣いまでもが影響し、会話の流れを作っていく。苦手な相手でも、時と間を共有することで新たな発見や提案など商談がうまくいくこともある。
われわれは、ともすれば安易に効率化を優先させ、人と人とのリアルな繋(つな)がりを切り捨てようとしていないか。Eメールなど新しい媒体を止めてしまうことは現実的ではないが、便利なことが最適ではない。目的に応じた正しいコミュニケーション手段の選択に、もっと気遣う必要があると自戒を込めて思う。