京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部
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- 第24回 人材養成
第24回 12月9日掲載 対談
- 人材養成
- 改革には均質な組織より多様な人材が不可欠
アサヒビール株式会社代表取締役社長
小路 明善 さん
こうじ・あきよし 1951年生まれ。75年アサヒビール株式会社入社。同社執行役員やアサヒ飲料株式会社専務取締役などを経て、2011年7月、アサヒグループホールディングス株式会社取締役兼アサヒビール株式会社代表取締役社長に就任する。
- 多元的な視点から問題を分析できる力を
京都産業大文化学部教授
小林 一彦 さん
こばやし・かずひこ 1960年、栃木県生まれ。慶應義塾大文学部卒業。洗足学園魚津短期大を経て、現職。専門は日本古典文学。2010年経済産業省主催の大学生を対象にした「社会人基礎力育成グランプリ」で準大賞、優秀指導賞をダブル受賞するなど若者の人材育成にも取り組む。
- 今年5月、安藤忠雄氏設計の多目的ホール「夢の箱」がオープンした、アサヒビール大山崎山荘美術館。
小林◉京都市内の社寺では紅葉の盛りを迎えています。秋季限定ビールを買いに行くと、すでに冬季限定商品に入れ替わっていました。季節限定のビール類も私たちの生活にすっかり定着した感がありますが、微妙な違いを楽しむほど消費者の舌が肥えてきたということでしょうか。
小路◉ビールもワインのように料理と一緒に楽しむ人が増えています。戦後、日本人の食生活は肉類中心の欧米型になりました。スーパードライのヒットは、さらりとした飲み口で、飲みあきない、キレ味のいいビールが歓迎されたからだと私は分析しています。日本では季節に合わせて食材や調理法を選びます。ビールも四季折々の味を楽しんでいただけたら幸いです。先生のご専門でもある『方丈記』。その冒頭で鴨長明は「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と書きました。ビールも時代とともに変化してゆくものではないかと思います。
小林◉「歌は世につれ世は歌につれ」といいますが、お酒の好みも食文化の変化を反映しているということですね。地域限定の商品も数多く出されていますが、季節限定とは趣旨が異なるようです。風土は人や味を育ててきましたが、効率優先のインフラ整備で地域固有の風土や景観は失われつつあります。地域限定ラベルに込められた思いは何ですか。
小路◉昨年発売の「平泉文化遺産」ラベルなどですね。中には20年近く続いているラベルもあるんですよ。また、当社では「うまい! を明日へ!」プロジェクトを実施しています。47都道府県の自然や環境、重要文化財などの保護・保全活動に対して売り上げの一部を寄付しています。自然の恵みからつくられるビール。自然に感謝し環境を守りたいという使命感もあり、固有の風土や文化を応援したいという思いからプロジェクトを展開してます。
小林◉日本では古来、祭事にお酒は欠かせないものでした。子どものころ、お正月などに大人から飲酒を勧められた経験のある人は少なくないと思います。一方、学生の飲酒事故は後を絶たず、学内での飲酒を禁止する動きが広がっています。大学も注意を喚起していますが、教員も研究と教育だけしていたのでは社会的使命を果たせない時代です。
小路◉より低年齢層への啓発が必要と考え、当社では未成年者飲酒防止啓発用教材を発行し、全国の小中学校、高校や大学でも活用いただいています。ケータイやネットの普及にともない対面の会話を苦手とする若者が増えているようですが、相手の表情やしぐさから伝わる「情」もあります。豊かな会話こそ今の日本人が忘れているものではないでしょうか。もちろん成年に限りますが、潤滑油になるお酒をコミュニケーションツールとして上手に使ってほしいですね。
小林◉経産省は、仕事をしていく上で必要とされる「社会人基礎力」の育成を提唱しています。特に大切だと私が思うのは相手の話を丁寧に聞く「傾聴力」。日本の学校教育は偏差値のように一元的な価値観だけで生徒を序列化してきましたが、知識だけでは測れない能力もあります。多元的な視点から問題を分析できる力を若い人には身につけてほしいと考えています。
小路◉事業の積極的な海外展開を目指す当社でもグローバルな人材の育成は急務です。語学以上に私が重視するのは異文化理解です。異なる文化的背景を持つ人の意見を理解できなければ海外に赴任しても現地の人たちの真意をくみ取ることはできません。挑戦の歴史を持つ当社ですが、改革には均質な組織より多様な人材が不可欠です。社員には、諦めたら負け、非凡な努力を続ければ結果は付いて来ると言っています。今年の創業記念日には「温故知新」、過去の歴史から学ぼうと提案しました。商品開発をするにも、過去の成功、失敗を知らなければなりません。
小林◉未来を知る唯一の方法は古典を学ぶことだと私は考えています。今年800周年を迎えた『方丈記』が時代を超えて生き続けてきたのは、ヒントを得ようとして手に取り共感する人がいたからです。文化もそれを享受する人がいなければ継承されません。室町文化や安土桃山文化は時の権力者の保護があったからこそ花開きました。鈴木大拙が「禅」を英語で書き、海外に発信したのは昭和初期。自国の文化に親しみ、その独自性を世界に示せる人材の育成が求められています。
小路◉当社の初代社長・山本爲三郎も芸術文化支援には熱心で、社内にDNAとして受け継がれています。おかげさまで公益社団法人企業メセナ協議会主催の「メセナ アワード2012」でメセナ大賞を受賞しました。文化による地域再生を目指し2002年から全国のアートNPOなどと協働で開催してきた「アサヒ・アート・フェスティバル」を始めとする多様な取り組みが評価されたものです。山本の収集品を所蔵するアサヒビール大山崎山荘美術館(大山崎町)では安藤忠雄氏設計の多目的ホール「夢の箱」も今年オープンしました。芸術や文化を身近に感じていただければと思います。お散歩がてら足を運んでみてください。
きょうの季寄せ(十二月)
鮭というと高橋由一の絵を思い出すが、鮭の内臓を取り出して塩を振らずに干したものが乾鮭である。歳暮の贈答品として今日塩鮭を新巻(あらまき)と称している。
碧童の父は魚問屋兼仲買業を営んでいたようだから、12月の掲句のような景は子どもの頃から見馴(な)れているはず。「夜の水」の座五が灯下の作業を鮮明に把える。
(文・岩城久治)
「きょうの心伝て」・24
岡本 千津 さん 会社員(京都市中京区/48歳)
「縦に書く」
自分の手で文字を書くという機会のなんと減ったことだろう。まして、縦向きに文字を連ねるなど日常にどれほどあることか。書道を嗜む人や好んで縦に書きたい人でなければ、もはや「縦に書く」日本人は存在しないのではないか。私は仕事柄メモを取る機会が多いが、ノートはもちろん横罫である。16歳の娘はいまどき珍しく(メールでなく)手紙を書くのが好きだが、便箋は横罫。76歳の母が愛用している日記帳ですら横罫だ。
先日、電車で隣り合わせた少女がスマホではなく文庫本を開いたのでチラリと見たところ、誌面は横組み。なんだ実用書かと一瞬がっかりしたが、よく目を凝らして見ると、まぎれもなく恋愛小説の一場面である。小説本ですら横組みが登場する時代なのである。
読み物から縦組みが駆逐(くちく)されたら、縦に書くという日本の生活文化などひとたまりもなく忘れ去られてしまうだろう。新聞や出版物には縦組みの死守、文房具には縦書きグッズの復活を、心から願う昨今である。