日本人の忘れもの 第2部

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

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第3回 7月15日掲載

ジャパン
大切なものを大切に扱う心が
自然の摂理に畏敬の念をはらう文化を育んできた。

下出祐太郎さん

下出蒔絵司所3代目
下出 祐太郎 さん

しもで・ゆうたろう 1955年、京都市生まれ。下出蒔絵司所3代目。学術博士・伝統工芸士。京都美術工芸大学科長、教授。京都工芸繊維大伝統みらい教育研究センター特任教授。即位の礼や大嘗祭の神祇調度蒔絵や、第61回伊勢神宮式年遷宮御神宝蒔絵を手がける。京都迎賓館では水明の間飾り台「悠久のささやき」等を制作。後継者育成に力を注ぐ一方、漆芸の研究、漆や文学の講演執筆活動にも取り組む。

イメージ その1
蒔絵屏風『金閣寺』(著者作・京都府蔵)
蒔絵で使用する金粉は、形状と粗さにより約80種類ある。それぞれの形状と粗さにより加工技法が異なる。
ほかに青金・銀・プラチナ等があり、数百の金属粉を使い分け表現する。

座卓の上を擦らさぬように両手で持つ。美しい花鳥蒔絵(まきえ)のお椀(わん)を丁寧に口もとへ運ぶ。心づくしの温かい吸いものをしみじみ味わい、再び丁寧に器を置く。至福のひとときだ。

「われわれの祖先がうるしという塗料を見(みい)出し、それを塗った器物の色沢に愛着を覚えたことの偶然でないのを知るのである」。谷崎潤一郎の珠玉の随筆集『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』にも漆器への称賛がしたためられている。

蒔絵は日本が完成させた 超絶技法である

イメージ その2

まず最初に、十分に乾燥させた天然木を、熟練の木工の挽(ひき)物師が轆轤(ろくろ)で薄くうすく成形する。

それから、割れやひずみがでなかった木胎に、熟練の塗師が下地を施す。吸い口や糸底に麻布を糊漆で張る。割れや欠けを防ぎ丈夫にするためだ。上から地の粉と生漆を練った「地」と砥(と)の粉と生漆を練った「錆(さび)」を数回施し、砥石で研ぎ形を整える。

さらに上塗り工程は、捨て中塗り、中塗り、上塗り。女性の髪の毛でできた刷毛で塗る。塗り工程だけでも40以上の工程を数える。

なお見逃せないのは、塗り上がったお椀に熟練の蒔絵師が描く、吉祥文様など機知に富んだ意匠だ。蒔絵は、樹液という有機的な最たるものと、金という無機的な最たるものを融合させて、全く違った価値を生み出した日本が完成させた超絶技法である。

完成まで短いもので3カ月、凝った蒔絵が描かれるものは優に1年を要する。なんというものづくりだろう。

桃山時代の蒔絵はヨーロッパの王侯貴族魅了

イメージ その3

このものづくりは、ヨーロッパの人々を驚嘆させたことがある。

私が研究している桃山時代の蒔絵は、戦国時代にやってきた宣教師たちを驚かせた。すぐさま自分たちのキリスト教用具を蒔絵で制作させているのだ。それがヨーロッパの本国にもたらされ、蒔絵漆器は王侯貴族をも魅了したのだった。東インド会社の交易により、漆器が「ジャパン」と呼ばれ、膨大な輸出漆器に繋がったことは周知の事実だ。マリーアントワネットのコレクションなど、ご存じの方も多いだろう。

さて、蒔絵が付かないまでも、漆器は普通に家庭の中で食器として使われてきた。大切なものを大切に扱うあり方や考え方は、家庭の中で自然と培われてきたのだった。器が人の一挙手一投足を考えさせるすごさ。おばあさんからお母さんへ、お母さんから子供たちへ。慈しんで、手渡すように。

家庭で育(はぐ)くまれてきたのは、扱い方だけではなかった。ひいては人やものを大切にする思いが養われてきた。そんな思想が、茶道など極める道をも形成し、人を敬い自然の摂理に畏敬(いけい)の念をはらう文化を育んできたに違いない。私たちも自然の一部であり、やがてはこの世を辞さなければならない。そんな覚悟で生きる意味を知ったりした。

奇跡のようなものづくりと、それを扱う精神性の高さ。これは日本の気候風土と国民性が生んだ比類のない宝ものであった。忘れてはならないものを、しっかり伝えていきたい。

きょうの季寄せ(七月)
飯鮓(いいずし)の 鱧(はも)なつかしき 都かな 其角(きかく)

17日はいよいよ祇園祭の山鉾巡行、その宵山、鉾町の旧家では秘蔵の屏風(びょうぶ)が公開される。屏風祭と言われるゆえんである。

祭鱧の称(しょう)はこの時季に獲(と)れるから。俗に鱧は梅雨の水を飲まないとうまくならないと言われている。

其角は江戸に居てこの鱧の味を懐かしむ。其角の師芭蕉は「京に居て京なつかしや時鳥(ほととぎす)」と詠む。
(文・岩城久治)

「きょうの心伝て」・3

廣瀬 康二 さん 包丁コーディネーター(京都府南丹市/42歳)

管理ではなく、「守(も)り」を。

包丁は刃物でなく、食生活を支える大事な食の道具です。

最近はスーパーに出向けば、ほどよい大きさに切られた食材が豊富で、家庭で器に盛り付けるだけで料理は仕上がります。お母さんが毎日包丁を使って料理されている姿が一昔前に比べると少し減ってきたように感じます。台所では、身近であまり丁寧に扱われなくなっている包丁の存在。昨今、包丁を使った凶悪な事件が増えています。包丁がただの刃物になっている背景には、そんな事も関係があるのでは?と心配です。ステンレス素材の包丁が多様化して、管理が簡単に思われていますが、管理するのではなく「守り」をしていただきたいと思います。

管理は自身の都合で世話する事ですが、「守り」は人やモノの立場になって、その状態や気持ちに心を寄せて見守る事です。食生活に感謝し、「守り」していれば、包丁は手に馴染(なじ)む道具であり、子供たちにもその空気が伝われば、ただの刃物にはなりません! これも大切な食育です。

協賛広告を含めた実際の掲載紙面の全体データはこちら(PDFファイル)

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