日本人の忘れもの 第2部

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

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第53回 6月30日掲載

知恵を源泉に
「知恵産業」が工業社会で忘れられた
日本人の“心の豊かさ”を取り戻す。

立石義雄さん

京都商工会議所会頭
立石 義雄 さん

たていし・よしお 1939年、大阪府生まれ。同志社大卒業後、立石電機株式会社(現オムロン株式会社)入社。87年、同社代表取締役社長に就任。2003年、代表取締役会長、11年、名誉会長に就任し現在に至る。

イメージ その1

現在日本では、国のあり方や社会、経済、人々の価値観が、大きく変わろうとしています。これまでの大量生産・大量消費による モノの豊かさ を追い求めてきた工業社会から、モノだけではなく 心の豊かさ を求める成熟社会への移行がはじまっています。特に、一昨年の東日本大震災が契機となり、この動きは急速に早まったと言えるでしょう。

これからは 心の豊かさ や 人間本来の幸せ 生の歓喜 といった「工業社会が、未解決のまま残してきた忘れ物」を取り戻すことに、新たな価値観を見出す時代を迎えようとしています。具体的には、環境の保全や安心・安全の確保、資源エネルギーの節約と代替、健康の維持増進、さらには、食糧の確保、教育の向上、人権の擁護といった新たな社会ニーズが重要になるということです。

京都には歴史に培われた昔からの人々の知恵がある

イメージ その2
京都は知恵の蓄積を付加価値の源泉として、新しい価値の創造を繰り返してきた創造的都市。

私は、こういった社会ニーズを解決するための付加価値の源泉になるのは、「知恵」だと考えています。京都には歴史に培われた昔からの人々の「生き方の知恵」「暮らし方の知恵」「まちのあり方の知恵」が豊富に蓄積されています。それらが文化の豊かさになり、進取の気風と創意工夫や独創力によって、さまざまな高品位・高品質のモノづくりへと継承されてきました。また、京都は古くから学術が盛んで、自由な雰囲気があり、大学や研究機関が集積し、イノベーションのための産学公の連携を円滑にする「知恵インフラ」を整えてきました。

世界でも稀な独創性と先進性を併せもつ都市

イメージ その3

その結果、京都は、いつの時代にも受け入れられる伝統的な商品・製品が根付く一方、世界的な先端産業も数多く輩出するという、世界でも稀(まれ)な独創性と先進性を併せもつ都市として発展してきました。「高い文化と学術を有する創造的都市は、その時代の産業に革新を起こす」。これは私の持論です。京都は、日本の都として千年を超える歴史に培われた文化や芸術、学術といった知恵の蓄積を付加価値の源泉として、顧客のニーズを満たすための新しい価値の創造を繰り返してきた、まさに創造的都市です。

京都商工会議所では、こういった京都の都市特性を今一度呼び起こすために、「知恵」を付加価値の源泉にし、新しい価値を創造するビジネスモデルを「知恵産業」と名付け、京都の地に成熟社会のニーズに対応する小さくともキラリと光る知恵産業群が集積するよう取り組みを進めています。私は、この「知恵産業」が工業社会によって忘れられた日本人の 心の豊かさ を取り戻す、新しいベンチャー・ビジネスモデルであり、良いものを大切にして、他に追随を許さない水準を極め、誰も手掛けていない新しいものを常に創り出すことを繰り返してきた京都だからこそ出来ると確信しています。

きょうの季寄せ(六月)
夏風や 竹をほぐるゝ 黄領蛇(さとめぐり) 飯田蛇笏(だこつ)

「蛇穴を出づ」(春)、「蛇穴に入(い)る」(秋)、秋の彼岸過ぎて穴に入(はい)らないでいる蛇を「穴惑(まど)い」という。

句会場へ出かける途中、蛇の抜け殻を拾い、席題「蛇の衣(きぬ)」にと、1メートル近いのを卓上に広げたところ顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまったことがある。

「さとめぐり」は青大将のこと、2メートルを越すものもいるという。竹に巻きついていたものか、竹薮(やぶ)に蜷局(とぐろ)していたものか、動き出した。
(文・岩城久治)

「きょうの心 伝て」・53

長崎 彩子 さん 会社員(京都市上京区/24歳)

サクランボの季節

山形県在住だった祖母は、この時期になるといつも、箱いっぱいに敷き詰められたたくさんのサクランボを送ってきてくれた。一粒頬張ると甘酸っぱい香りが口の中に広がり、そのたびに、普段はなかなか会えない祖母と対話しているような気持ちになった。

その祖母が、昨年の夏に亡くなった。くも膜下出血だった。私が駆けつけたときには、もう話ができる状態ではなかった。

通夜の日、大勢の親戚が集まり和やかな雰囲気となった。親戚の一人がこんな話をしてくれた。「亡くなった日にね、おばあさんは最後の挨拶(あいさつ)に来てくれたんだよ」。数人の親戚宅を祖母は訪問していったらしい。

昨今は、社会的に文化や地域性といった目に見えないものを軽視する傾向が強まっていると感じる。しかし、目に見えないからこそ、そこに何かを感じることで、毎日を楽しく幸せに生きていけるのではないだろうかと私は思っている。

戦後、日本人は物の豊かさと引き換えに大切なものを忘れてきたのではないでしょうか。日本人が忘れつつある価値観が、今も生き続ける千年の都・京都から、温故知新の知恵を発信してきました「日本人の忘れもの 第2部」は、今回をもって終了させていただきます。ありがとうございました。

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